「……桐島くんかなぁ……」
昼休み。同級生や、遊びに来ている他のクラスの生徒。ご飯を食べたり、食べ終えて居眠りをする生徒。
瞳が砂場に落ちたビー玉を捉えるように、桐島の耳は喧騒の中その声を拾い上げた。
自分の名前には、誰しも敏感なものだろう。しかも、その声が隣の席の女子生徒──今は教室の角で机を集めた3、4人くらいのグループの一員と化しているが──のものとなれば尚更だ。
運動部らしいボリュームの弁当から顔を上げてその方を見れば、いつも通り雑談に興じる女子生徒たちは何でもないよとにこやかに手のひらを振る。桐島は人差し指と中指を立て「はい、俺の勝ち」また昼食に戻るのだった。
***
「何の話やったん?」
朝の挨拶もそこそこに口火を切ると、机に鞄を下ろしただけの女子生徒はぽかんと寝惚けた顔を見せた。
翌朝。桐島が朝練を終え登校してから数分、バスの時間なのかいつも通りに隣の席のが現れた。
「昨日のお昼。俺の名前出してくれてたん、サンやろ? もう気になって気になって……ま、夜はいつも通り寝て今朝も朝練してきたんやけど」
なにそれ、ところころと鈴を転がすように笑いながらは椅子を引く。
よく笑う女子だ。
桐島から見たは、彼女自体が面白いやつだとはあまり思わないが、人と話す時によく笑顔を見せるのが印象的なクラスメイトだった。
「あかんよ、人の噂話は気をつけてせんと。壁に耳あり障子に目ありやで」
「そんな、大した話じゃないよ」
「おもろい男とか?」
はさあねと笑いながら教科書やらノートやらを机に入れていく。はぐらかしているのは分かるが、桐島はそれを無視して話を続けた。
「まさか、ほんまに悪口?」
「ちっ違うよ!」
「ほんならベタに“気になるヒト”ってやつやったら、嬉しいんやけどなぁ」
机上に筆箱を取り落として慌てて否定する彼女へ向け、口角を上げて首を傾げてやれば、狙い通りに彼女の頬はじわじわと色づいていく。よく笑うし、良い反応を返す。桐島から見たは、部活外でのおもちゃの一つでもあった。
がやがやと人が増えるにつれ増してゆく喧騒の中、すっかり静かになってしまったを見つめ続ける。学校名の様に涼やかに澄んだ桐島と反対にすっかり熱を帯びた顔が、観念した様に呟いた。
「か……格好良いと思う男子……」
へぇ、とわざとらしい反応を返せば、いよいよは照れ隠しか怒ったように眉を釣り上げそっぽを向いてしまった。
「そら嬉しいな。サンにそう思われとったなんて光栄やわ」
「い、いや、違うよ、そういうんじゃなくて! 努力家だなって!」
「そういうんやない、ねぇ」
女子が他人の名を挙げてきゃあきゃあと色めき立つ話題など、悪い話ならば自分が顔を上げた時点で睨まれているはずだし、そうでないなら所謂恋バナに近いものだろうと当たりはつけていた。桐島がにやにやとしながらも棒読みで返事をすれば、は面白いように慌てふためく。
「それに私だけじゃないし、みんなわかるって、みんなそう思うって……」
「あかんよ、サン」
焦り声量を上げていく彼女を遮って、桐島は人差し指を立てる。は、周りの注目を集める前に我に帰り押し黙った。
「今は"みんな"はどうでもええ。"サンが"俺の名前をあげてくれたことが嬉しいって話をしてんねん」
ぱく、ぱく。何かを言おうとするが結局絶句のまま固まってしまった彼女を、桐島が愉快そうに眺めてしばらく……チャイムが鳴り響いた。
***
「お疲れさん。もう帰るん?」
「お疲れー。桐島くんは部活だよね」
「そら、サンのために努力家でカッコええ桐島くんでおらなあかんからなあ」
「もうそれ引き摺らないでよ……! つ、次は悪口言うからね、桐島くんの!」
「楽しみやなあ、サンの口から俺のどんなおもろい話が出るか。よーく耳すましとくわ」
「い、意地が悪い……!」
(write240521)
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