※ガルマのハロウィンボイスバレあり


「はっぴー、はろうぃん」

 街中のあちこちに掛けられたのぼりや横断幕の文字を読み上げた。特に意味もなく呟いたの声は、すぐに周りの喧騒に紛れていった。カボチャを模したのだろう、オレンジ色の飾りに彩られた街は行き交う人々の笑顔にあふれていた。
 私も遊びに行きたいですと輝く笑顔でルリアは言った。りんごのお菓子はあるのかと期待を隠し切れない様子でビィはそわそわと行ったり来たり飛んでいた。

「何日か停泊するんだろう?今日くらい君も一人でゆっくりすると良い。……ルリアはいい機会だから君にお菓子を作って贈りたいんだそうだ」

 そう言っていたわるようにの肩に手を置いて耳打ちをしたのはカタリナだった。その後続けられた、なに安心しろ私が買い出しと調理の面倒を見るからなという朗らかな笑みには、は今までの思い出にじっとりと冷や汗をかいた。他の面々も、祭りに浮かれた表情で各々繰り出していった。
 は、んん、と一つ伸びをした。かぼちゃジュースを買ってみたり、売り子からクッキーを買った直後に子どもたちに菓子をねだられたり、ひとりの散歩をのんびりと楽しんでいた。時々人混みの中に団員の顔を見つけたが、普段大変な道中の長旅を共にする皆が皆満足そうに笑っているのも、には楽しい見世物だった。そのうちの何人かにトリック・オア・トリートと絡まれたり、また自ら絡みにも行き、はこのハロウィンを満喫していた。


 ***


 陽気な楽器の音が響く。いつの間にか夜になっていたようで、もともと騒がしかった街中が宴の会場と言わんばかりにその盛り上がりを増していた。さて、そろそろルリア達は一度お菓子の材料を置きにでも騎空挺に戻ってきているだろうか。一緒に屋台を回って夕飯を楽しむのも良いかもしれない。様々な街でルリアが腕を引っ張って、あれはなんですか、あれは美味しそうですとビィと共にはしゃぐのを見るのが、は密かに好きだった。は昼間目をつけた屋台の場所をいくつか思い出しながら騎空挺への帰路を歩き出した。

「おい」

 突然、首筋にヒヤリとしたものが当てられる。殺気の無さに落ちついて目線を落とせば、見覚えのある剣。横にずらせば、予想の範疇の太い手首が見えた。

「トリック・オア・トリート……」

 は背後から掛けられた、背筋に響くような低い声に正体を確信した。そういう行事じゃない、と呟くとともにこの人までこういう行事に乗るのかと思わず笑いが溢れた。驚かせて満足したのか剣が降ろされ、はくるりと身を反転した。

「まぁ、聞くまでもないがな……悪いが菓子はいただくぞ。」

そこにはやはり予想通りの自団員、元盗賊のガルマがいた。普段渋くも落ちついた彼が、走り回る子どもたちと同じ文言を口にするということ自体がどこかシュールで面白い。しかしなるほど彼が過去口にしてきただろう、痛い目に遭いたくなければ……という脅し文句を思えば、彼なりのジョークのつもりなのだろう。多少ブラックな、だが。

「奪えるものは、全て奪う、それだけだ。」

 返答を聞く気はない、と脅し文句を続けながら、ガルマは剣をしまった手での顎を掬い上げた。は、身長差にそこそこの角度を着けて顔を上げる形になる。

「持ってないよ」
「……なに?」

 ガルマは眉をしかめた。申し訳無さを微塵も感じさせない笑顔と声で、顎を掴まれた状態のは、両手を出した。当然のように手の平は空だ。は一字一句声音も変わらずに繰り返した。

「持ってないよ」

 自分より二回りも背が小さく年端もいかぬ少女にからかわれている、と感じたガルマは引くに引けず、屈んで身を寄せて少女の耳元で地を這うような低音を出した。

「盗賊相手に何も差し出せない、というなら何があっても……」

 脅し文句の途中で、ガルマははたと言葉を止めた。……の肩が震えている。更に、触れられたままの顔がほんのり赤い。十といくつかの小娘にやり過ぎたか、という少しの気持ちと、団長とはいえやはり少女らしい可愛らしい面もあるものだなという、からかわれたことに対するせいせいとした多めの気持ちにガルマが口角を上げ、そして身を離した。

「……っ」

 それと同時、噴き出すのをこらえるような、息が漏れる音が聞こえた。ガルマは絶句した。顔を赤くしてぷるぷると身を震わせたの口元は、真一文字、ではなくミミズが這っているように歪んでいて、それだけで自分の勘違いをガルマは悟った。少女は恥ずかしがっていたわけでは、一切無く……。

「……なにがおかしい?」
「…………ぶっ」

 耐え切れない、と言ったようには顎に当てられたガルマの手を払うや否や、俯いて笑い出した。払われた手を降ろし、どうしたものか、ある意味呆然とガルマはを見下ろし、眺めた。ひいひいと普段物静かな少女にしては珍しく肩で息をするほど笑っている。ひとしきり笑い、は目尻をこすりこすり、顔を上げ、ポケットから何かを取り出した。
 ガルマの手の平に落とされたのはキャンディーだった。何かを……というよりも明らかに先程の大笑いをごまかすように、はガルマにその小さなお菓子を握らせ、そのままガルマの袖を引っ張って移動を促した。騎空挺でルリアたちが待っていること、皆で夕飯を食べようということを楽しそうに喋るに、ガルマは次いで歩き出した。祭りにはしゃぐとは、歳相応だなとガルマが呟くと、または笑い出した。どうもこの少女には何かがツボに入ってしまったのだろう。

「……ふん」

 しかし、日陰者の自分がこんな祭りを歩けるとは。腕を引っ張り歩く少女を見下ろすガルマの目は悪人のそれとはにても似つかず、優しかった。


 は、貴方がそれを言うのかというようなことを呟いていたのだが、自身の、そして街中の笑い声に紛れてガルマにの耳に届くことはなかった。


あとがき
ハロウィンにノリノリのガルマさん面白いずるい (151102)


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