騎空挺を襲う盗賊。忌み嫌われて当然の行為を長らく稼業としており、彼自身もそれが当然のことと受け入れていた。だからこそ、彼……ガルマには今の状況が理解できなかった。ガルマが何の因果か一度は襲った騎空団に拾われたのはもう3ヶ月程前のことであった。情けをかけられて拾われたとそう考えていたが、それにしては誰も彼もが彼の入団を受け入れ、彼の過去を笑って流していた。
 簡単にいえば、ガルマにはお人好しが蔓延するこの空気に馴染めていないのであった。
 特に……。ガルマは自分のすぐ横で同じように壁にもたれかかる少女を見下ろす。彼女は、甲板で戯れる青い髪の少女と赤いトカゲを見て微笑み、時に小さく声を出して笑っていた。団長であるは、もっと警戒心を持つべきだ。ガルマは逐一そう思っていた。同時に、それは否であり、彼女が"そういう性格"だからこそ皆が皆"そういう仲間"が集まってきているのだとも考えた。……なら自分はどうなのか。ガルマは喉元に溜まる空気を吐き出す。
 その溜息に気がついたのか、どうしたと隣にいたは壁から離れ、ガルマに正対し首を傾げた。まったく不用心にも程がある。ガルマは今ここで自分が彼女の細い首に手をかけたら、自分が彼女の柔らかな腹に刃や銃口を突きつけたらどうするつもりなんだと、苛ついた。そう、怒りの感情が沸いたのだ。だがそれは今までの人生で彼が覚えてきた、暗く嫌な気持ちを内包したものではなかった。何故、こんな温かな憤りが湧いてくるのかガルマには分からず、ただただ不思議だった。

「不用心だぞ……あまり近づくな。」

 ガルマは、ドラフ族の男性特有の威圧感のある体躯で見下ろし、更に長年のことで身についた目付きの悪さで睨みつけた。だがその相手、彼より二回りほど小さい彼女はきょとんと少し目を大きくしたかと思うと一転顔をほころばせた。何がおかしいのか、はくすくすと笑いながら、ぽんぽんと彼の腕を叩く。ガルマは眉間に皺を寄せた。彼女の表情も、行動もいつもわけが分からない。きかん坊をあやすように、からかわれているようにすら感じてくる。先ほどの怒りに、こそばゆさもあることにガルマは気がついた。相変わらずそれがなんの揺らぎなのかまでは思い至らなかったが。
 ガルマは、自身の中で燻ぶる苛立ちのままに、鬱陶しくじゃれつく……無防備な彼女の胸ぐらを掴んだ。前触れのない突然の暴行に、も流石に笑うのをやめてガルマを見つめた。ガルマはそのまま彼女に顔を寄せ、彼にとっては十八番とも言える恫喝の表情と声音を作った。

「身ぐるみを剥ぐぞ」

 言い捨てると同時に乱暴に彼女を離す。勢いにがわずかによろけたが、ガルマはその場から去ろうと向きを変えたところだった。

「……なんだ」

 ガルマの声には、少し驚きが混じっていた。彼は、裾が引っ張られる感覚に立ち止まり振り向いたが、そこには、泣いている少女も、怯えている少女も、そして怒り睨みつけてくる少女もいなかった。彼にとってそんなことは初めてだった。幾つものを騎空挺を襲って来たが、自分に脅された女は皆例外なく、それらのうちのどれかだったのだ。
 しかし自分の裾を掴んだ少女の顔には笑顔が浮かんでいる。いたずらっぽく上げられた口角は歳相応に無邪気で、まるで普段魔物と戦っているのが嘘のようにすら思えた。
 ガルマが驚きに彼女をただただ見下ろしていると、は裾から手を離してそのまま左右に、丁度何かを受け止めるように大手を広げた。ガルマが何事かと眉を寄せるのと同時、彼女が口を開く。

「どうぞ?」

 こちらを試すような挑発的な言動。それでいて楽しくて仕方がないといった声音。彼女の持つ"女らしさ"と"子供らしさ"の不均衡が、一緒くたにガルマの思考回路を襲った。まったくもって、食えない。伊達に衆を率いて団長をやっていない。そして結局のところ、自分もこの団の一員ということか。またひとつ、憤りがひとつ紐解かれたように感じ、ガルマは肺中の息を吐き出す。には、ガルマが盛大に呆れたように見えたのだろう。声を上げて笑っていた。付き合いきれん、と言い残してガルマは足を動かした。一番付き合いきれないのは、ままならぬ、いや、つまらぬ意地が幅を利かせて理解を拒む……素直にならぬ自分の頭だった。


(151025)


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