「だから言ったじゃないか」

 フーゴはいつもそう言って、呆れたとため息を吐いていた。かたや私はそれに納得が行かず、ぎゃんぎゃんと吠え返してしまうのだった。
 フーゴと一緒に行動すると、ターゲットがどっちに曲がったか二手に分かれて追いかければ私の方は人違い、潜入に着る服を私が選べばドレスコード違い、お土産のケーキを選べば相手の好みの味ではなく、あみだくじですら嫌な結果を引き当て……いつも選択を迫られるとき、私が選ぶものとフーゴが選ぶものは違っていて、そしていつも私が選んだものが外れるのだ。フーゴが悪いわけではないとわかってはいるが、フーゴと居る時はいつも失敗して、それを嘲笑されるのにむかっ腹が立ってしまうのは、そりゃもう仕方のないことだとは思う。人間だもの。
 なんにせよ信じられないことに、こっぴどく振られてバールでグレープジュース片手にべそべそ泣いている、見るからに、あからさまに、とってもとっても可愛そうで哀れな私に、今日もフーゴはそう言った。入店し、私の隣に腰を下ろすやいなや、いつものため息とともに。背中をさすりながら、とか優しくなだめるように、とか彼女にホットショコラを飲ませてやりたいんですが構いませんねッとか、そんなことは一切なく。あーあこの女本当に馬鹿だなあ、という副音声が全面に押し出された声音で追い打ちをかけて来るのがフーゴというやつだ。いつもと何も変わらない。
「……普通の男と付き合いたいと思って付き合った男が実はチンピラで、更に金を騙し取られてて、しかも自分のほうが浮気相手で、挙句の果てに邪魔になったからと男と本命の女の二人がかりで殺されかけた、なんて今日日ゴシップ誌の投稿コラムですら取り上げないような話の、よくもまあ当事者になれるもんだ」
 どこから聞いたのか知らないが、私にどんな災難が降り掛かっていたか知っていて、これである。どこぞのギャング団にも入れてもらえなかったようなチンピラとその女を返り討ちにするのは造作もなかったし、物言わぬ二人の後始末も仕事のルーティンの要領で手早く済ませられたし、そこは問題はない。でも、あのクソヤロウと夜を過ごしたこともある部屋に戻るのがつらすぎて、シャワーも浴びられずに一晩中フラフラしていた私にいたわりの言葉ひとつかけてくれないのだ。なんて素敵な仕事仲間であろうか。
「二人殺してその足で一晩中徘徊しながらノンアルコールで泣き潰れている仕事仲間が、素敵だと?」
「うるさい!迷惑な自覚はあるからそのバカにした喋り方やめてよォ!!」
「だって実際バカじゃあないか」
「なん、あいてっいたた!」
 いつの間に出したのかフーゴは私の頬を、心底面倒臭そうに、ハンカチで擦りだした。綺麗に折り畳まれたハンカチから香水か何かのいい匂いがする。口では辛辣なこと言っても、流石にこんな私には優しくしてくれるんだ、なんて意外だと感心してしまう。
「はあ、よく一晩も顔に返り血をつけっぱなしでフラつけるな、涙だけでも酷い有様なのに」
「ちょっひど、い、いたいよぉ」
「ぼくにはその神経が信じられない」
 優しいなんてとんでもない、ただ神経質なだけだった。涙と、涙で中途半端に乾ききれない私の未練のような血が、フーゴのハンカチにこすり取られていく。泣きはらしたせいで荒れ放題の肌がぴりぴりする。
「ちょ、ちょっとくらい優しくしてよぉ」
「君なんか相手にここまでしてて優しくないなんて心外だな……ほら、綺麗になった」
 私の代わりにドロドロになったハンカチが、フーゴの手で綺麗に折り畳まれて、ポケットへ消えた。なんかとはどういうことだと文句をつけてやろうと開いた口が、フーゴの顔を見て止まってしまう。……いつもは「はいはいすごいすごい」みたいな、「はいはいそうですね」みたいな、私が言うことやることなんでも受け流すように振る舞っているフーゴが、険しい顔をしていた。ぎりりと眉間に皺が寄ったのを、指先でとんとんと叩いて隠すようにしながら、固まった私の代わりにフーゴが口を動かした。
「君が」
「は、ハイ」
 フーゴはそこで、歯の隙間から細く長く、息を絞り出してから、続けた。そのため息が、いつも通りの呆れの他に、ためらいのような、困惑のようなものが混じっているような気がして、私はなんとなく大人しくフーゴの口から出る言葉を待ってしまう。
「……あの男へ関心を示した時、ぼくは止めたはずだ」
「……うん」
「君があの男と付き合い始めたと聞いたときは、いや、君が馬鹿なことは十分に知っちゃあいたが、正直引いたし、」
 フーゴはそこで一度区切ると、いつの間にかっさらってたのか私の飲みかけグレープジュースを飲みきってしまった。一瞬抗議を考えたけれど、薄暗い中で酔っ払ったようにぼんやりと空中を仰いでいるフーゴの表情が見えなくて、なんだかタイミングを逃してしまう。
「悔しく……いや、悲しくなった」
「そ、れって……」
 そんな、まさかフーゴが私を、そんなまさか……。フーゴの意味ありげな雰囲気に、振られて泣き暮れて弱ってたからだと思うけれども絶対そうなんだけれども、不覚にも頬がカッと熱くなってしまう。そういや、ジュースは間接キスじゃん。いや、別にだから何ってわけじゃないけど。グラスとフーゴの顔を交互に見てしまう。……こいつ逃亡中はピアノ引いてたらしいけど、やっぱなんだかんだこう見るとイケメンだわ。いや、顔がいいからどうというわけじゃないけど。本当に。
「ははは、」
「ななななに、急に笑って」
「いいや、悲しくて逆に笑えてきただけだ」
 棒読みに笑ってさっきまでの雰囲気をごまかしながら、フーゴは私を立たせ、服についたゴミを払って、髪の毛のゴミも払ってくれた。頭を撫でられてるみたいで、気恥ずかしい。いや、歳はそう変わらないのに明らかに子供扱いされていることにいつも通りむかっ腹を立てるべきな気もする。不思議と今は立たないのだけれど。
「”本当にこの女は、ぼくがつきっきりで見ていてやらなきゃあ駄目だな”って」
 いい加減帰りましょうか、お嬢さん。なんて、冗談らしく手を差し出されては、それを取らないほうが野暮ってわけで。私は、月夜に落ちる繋がった影をちらちら眺めながらようやくの帰路に着く。明日からは、フーゴの指摘も素直に聞けそうな気がするのだった。


あとがき
お題サイト:永遠少年症候群さま「巻き込まれ体質さん10のセリフ 9. だから言ったじゃないか」より
タメ口のフーゴが書いてみたかった (160418)


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