クレープにかぶりつく。一口、二口、三口……皮が口の中でクリームと混ざっては、喉奥へ流れ、消えていく。猫背で学生寮の階段に腰掛けてクレープをかじる女。これがタバコやマリファナだったら、ネアポリスの鮮やかな夕日に照らされて輝く学生諸君らはきっと見て見ぬふりで足早に通り過ぎていくだろう。小脇に抱えるのは鞄に詰まった札束……ではなく、ベルトで巻かれた本やノート。身につけるのはドハデなスーツ……ではなく落ち着いた色のシャツ。
……ジョルノは今、幸せなのだろうか?
あふれるチョコソースを啜りながらは目を細めた。光が目に入って眩しい。来たときは日陰だったのに。
フーゴに学があるのは勿論だが、彼だって自頭が良い。彼が真っ当に育ち、真っ当に学んでいたら。きっとあんなふうにキャンパスライフを楽しんで、きっと側にいたのは品の良い可愛らしいお嬢さん。それで一緒にクレープをかじって、学校のことや将来の夢を笑いながら語り合っていたんじゃないか?彼の実の母親とその後夫のもとでジョルノがそう育つことはあり得ないのだが、それはには知る由もないことで、ただ、彼女なりにぼんやりと真剣に想いを馳せていた。
イチゴが甘酸っぱく弾け、最後の一口が消えた。
「、その座り方……ガラが悪いな」
髪型も服装も顔立ちも普通じゃない、そも15歳にも見えない彼がため息とともに段を降りてきた。
「だって、ギャングだもん」
「……せめて脚を閉じてください」
「もう立つんだから良いでしょ……ってあれ、荷物は?」
そもそも、何故が平日昼すぎからまるで暇人のように人生で一度も縁のない学生寮でのんびりクレープを食べていたのか。実際暇だったというのはさておき、今日はボスであるジョルノ・ジョバァーナの引っ越し手伝いにきたつもりだった。パッショーネのボスとなり、住むところもできた彼にはもはや学生寮に籍を置き続ける理由は一つもなく、この度は荷物を引き上げに来たのだった。
「部屋に置いてきた」
「ええーッ!?」
「気が変わったんだ。今日は荷造りだけして、運送は全て手配することにしました」
「それ、私付いてきた意味ないじゃん」
「確かに、貴方を待たせていたのは時間の無駄だった。ですが……」
「う、お」
段を降りきり、の正面で木の代わりに影を作っていた彼は腰を曲げた。ずずいと寄る顔に、は尖らせていた唇を引っ込めて仰け反った。逆光でも静かに輝く彼の瞳も、端正ながらもよく見ると幼さを残す甘い顔立ちも、急に近くで見るには……あまりに凄みがありすぎる。
「には、これから大事な役目がある」
腰を引こうとして段に引っかかっっていたも、"ボス"から"役目"と言われればその目はギラついた。よもや、気が変わったというのは、なにか良からぬものを耳にしたのか。敵でも見かけたのか。は腰の獲物に手を伸ばす。
しかし、その手は空を切った。
「ぼくとデートです」
「……護衛じゃん」
さあ、と掴まれた腕に引っ立てられる。いつの間に腰に手まで添えているんだこいつは。年下の男とは思えない流れるような動きに、はやはりこいつもイタリア育ちかとじっとりと半目で睨めつけた。
引きずられるままに石畳を踏んでいく。木陰を一本、二本、三本……穏やかで真っ当な世界が、背後へ流れ、消えていく。良い男に手を取られて歩む女。それが私じゃなかったら、道行くネアポリスの彼らはきっと、本当にデートを楽しむ恋仲と思っただろう。
「近くにアイスクリーム屋があるんだ。行きましょう」
「……クレープじゃなくていいの?」
「? クレープが食べたいんですか」
「いや、ジョルノの好きな物が食べたい」
「へえ、もそういう事、言ったりするのか」
「そういうことってなによ」
「いや。特別に、ピスタチオとチョコレートのダブルをご馳走しますよ」
ギャングのボスと言っても、アイスの趣味とそれを語る笑顔は年相応で、腕から掌へいつの間にか変わっていた部位がなんだかやたら熱く感じてしまった。
あとがき
寮生の様子とかは捏造です。 ジョルノくんの敬語とそうでないときの使い分け研究中。
(181019)
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