拍手お礼

005. だけど貴方は気付かないでいて(脹相)
「あ、また会いましたね!」
 受肉をしてからしばらくの間のことだ。俺はその頃、「散歩でもして現代の様子を学んできたらどうだい?」という夏油の助言になんとなく従うことにしていた。潜伏している場所から少し行くと、大きな公園がある。そこにはこぢんまりとした建物……なにやらごちゃごちゃと物の置かれている”美術館”なるものがあり、その中には”九相図”の写しが展示されていた。
「”脹相”さん」
 女は、含みを以て俺の名前を呼んだ。以前、あの”九相図”の前で会った女だ。やたら明るい声が鬱陶しい。目線だけを寄越すが、俺の邪険にする態度をまるで意に介さず女は隣に腰を下ろした。女は何が面白いのかよく笑う。その相手が何かも知らず、呑気で羨ましいことだ。
「今日は、何をしているんですか?」
「何もしていない」
 事実、俺は日がな一日ベンチに座り今の人間どもの観察に勤しんでいた。公園という場所のせいか、家族連れ、特に兄弟が遊んでいるのが良く目に留まった。ああ、弟たちが受肉されるのが今か今かと待ち遠しい。だからだろうか、つい”九相図”のあるここに足を運んでしまうのは。
「じゃあ、何を考えているんですか?」
「……もし、”九相図”がお前の前に現れたらどうする」
「えっ、おばけとかそういう話ですか?」
「あるいは、そうかもな」
「やだ、私、怖いの苦手なんですよ!」
「お前が心奪われたように齧りついていたあの絵が何を描いているか、まさか知らないのか?」
 俺の嫌味に、女は「からかわないでくださいよ」と口調だけは怒った様子で、しかし口角を上げて微笑んでいる。
「あれは、別ですよ」
 出会ったときのことを思い出す。無理矢理覚醒させられたこの世に用事なんかあるわけもなく、時間もなにも関係なしにぼんやりと眺めている俺の隣で、同じく一日中うっとりと立ち尽くしていた女。
「……それより、肩は重くないか」
「あれ? 私、最近肩こりが酷いの話しましたっけ? ……あれ、軽い……」
「……さあな」
 刹那に飛ばした赤いそれは、やはりただの人間である女の目では捉えられなかったようだ。それでいい。なに、ただの気まぐれだ。弟たちと出会えるまでの暇つぶしに過ぎない。そのはずだ。
「お前の名前はなんだ」
 この女のことが知りたいとの思いがわずかに湧いたのも、俺のことを知って欲しいと感じるのも、きっと、なにもかも。


あとがき
お題:capriccio様「365」よりお借りしました。(211027)


よかったなあとかあればポチッと→ ❤❤❤