仮眠室。ベッドと、簡素なソファと、テーブルを挟んで丸椅子がひとつ。
「それで、どうかな……」
 骸骨のような男が首を傾げた。
 先生への態度が悪い。それも、ヒーロー科において最も大切な、重要な授業とも言えるヒーロー学の授業で。しかも、今年の雄英において最も耳目を集め、誰もが羨むオールマイト先生に対して。
 直接呼びつけられた、というわけではないが、もし不満があるのならここに来て話してみろ、と相澤先生に睨まれてしまっては観念するしか無いだろう。身が入らないままに授業をうけるのも、問題を野放しにしておくのも、合理的とはいえない。全くそのとおりだ。
「なにか、不安や不満があるのかい?」
 骸骨先生はそわそわしている。私がお茶を入れよう! と笑って作ってくれた紅茶がじんわりと体に染み入った。口調といい、どこかおちゃめな感じといい、渦中の男になんだか似ていた。
「時間を戻すことは出来ない、ってよく言うけど、進ませることだって出来ないじゃないですか」
「そうだね」
「私は、もっと早くに生まれたかった」
 骸骨先生はまっすぐ私を見て、話を聞いてくれていた。窪んだ目元の、影の奥に光る瞳が眩しい。そんなとこまであの人を思い出させる。相澤先生は、うってつけの相談員だと言っていたけれど、本当にそうだ。まさかそういう、気にかかる人を意識させるとかわけわかんない"個性"じゃないよね。
「せめて10年早く。それでも小娘と思われるならもっと早く」
 私は、中途半端に中身の残ったカップを置いた。さっきまで口内を湿らせていたはずなのに、喉の奥が乾いて張り付くような感じがした。
 適当なことを言って、誤魔化そうと思っていた、けれど。
「……私は、オールマイトの生徒になんかなりたくなかった」

 ぼんやりと。
 のぼりたつ湯気を眺めているわけでなし、私を見ているわけでなし、どこか虚空を眺めながら女子生徒は口を開いた。
「Ummm......」
 正直、オジサン悲しい。いや、誰もが緑谷少年のように私を好きだなどと思い上がってはいないが、かといってこう、面と向かって担当生徒に言われてしまうと。
「先生、なんて呼びたくなかった」
 丸椅子に座ったまま大きく天井を仰ぎ見た。諦めたような、静かで、呟くようなそれが、彼女の心がそのまま口から垂れ流されているようで、偽りない拒絶の言葉が私の胃に刺さる。授業始まってからまだ数ヶ月なのにもう生徒にこんなに嫌われるなんて……教職ってホント難しい……。ヒーローにも相澤くんみたいに大人しくて私とウマが合わない人もいるし、まあ、そういう子もいるだろうけど。
「でも、ほら、学ぶところはきっと色々あるから、割りき」
「私は、オールマイトの"恋人"になりたかった」
 一転、背中を丸めてうつむいていた。顔を覆った両手の隙間から聞こえた、絞りだすような声に、私の口も固まる。
 ちょ、ちょっと、私が思ってたのと違う。
「モニターの向こうの英雄相手に何言ってんだ、って感じでしょう? 私も、ついこの間までそう思ってたし、迷ってた。でも、今は、あの人は私の目の前で、話をしてくれるし、肩だって叩いてくれる」
 今度は、私が所在なく天井を仰ぎ見る番だった。ンン~~~~~、思春期か!
「私、やっぱり、オールマイトが好きだな、って、確信しちゃったんです」
「そうなの……わた、彼、オジサンだよ?」
「関係ないです……!」
「無いのか……」
「今まで、顔が緩むのを堪えたり、直視できなかったり、これ以上好きにならないようにとか思って、多分それが態度が悪い、ってなったんだと思うんです」
 これ、私、何を言ったらいいんだろう。だってまさか、全面的に背中を押してあげるわけにもいかないし、かといってオールマイトなんて好きになっちゃ駄目だよ! なんて別人のふりしている私が言うこともできないし、ホーリーシット、ナンバーワンヒーローもこういうことにはお手上げだ。
「ああ、でも、ふふ、なんだかとてもすっきりしました。」
 今まで、険しい顔か、そっぽを向いた顔しか見せなかった彼女が、思わずといったように笑い声をこぼした。今思うとあれは照れ隠しとかそういうものだったのかもしれないけれど、とにかく私はようやくこの生徒の笑顔を見られたのだ。
「私何もしてないけど……」
「いえ、真剣に話を聞いてくれただけで十分ですよ。こんな馬鹿げた話、今まで誰にも話したことなかったから」
 彼女は豪快にカップをあおった。白い喉が数回動く。空のカップを気持よく置いて、すっくと立ち上がり、胸の前で気合を入れるように両手を握った。
「聞いてくれてありがとうございました、次の授業から普通にしていられそうです! あ、今の話誰にもしないでくださいね!」
「それは、もちろんだとも」
 時間を確認する彼女のスマートフォンには、デフォルメされたうさぎのシールが貼られていた。その勢い良く尖った耳に、もしやと凝視してしまう。
「これも、内緒ですよ」
 人差し指を立てて恥ずかしそうにはにかみ、走り去っていく彼女の背中を眺めながら私は垂れ下がる髪の毛を掴んだ。
「ああ、うん、内緒、内緒ね……」
 今度は逆に、私が彼女に、先生として大人としてどう接してあげるのがいいのか、ぎこちなくなる番だ。教師って本当に難しい。


あとがき
最初のほうの生徒相手にあたふたしてるオールマイトかわいいよなあ、と思って (160414)


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