ずくり。新たに増えた鈍い痛みに、反射的に顔をしかめた。
「ぬえ、きいしあ」
「おー、
 切島は、何が楽しいのか"硬化"した指を私の口に突っ込むのが好きだった。ふたりきりになってしばらくすると、会話の途中でも私の開いた口に前触れもなく差し入れる。いじめっこみたいな顔をするわけでもなく、噛んだら私の歯が折れるからとはいえ従順な私に嬉しそうに笑うとかでもなく、本当に自然体のなんともない顔で咥えさせるのだ。
「まア?」
「まだ」
 私は、何も楽しくないしあまり好きではなかった。"硬化"した指が口内を撫でたり、それを舌で舐めさせられたりすると口の中があちこち傷だらけになるからだ。それが治る前にまたやられて、じくじくとした傷は一向に治らないままで地味に困っている。
「えいいおう」

 そしていつも、溜まった唾液が口の端から零れそうになるところで私が彼の名前を呼ぶ。そこでようやく指を引き抜き、替わりに唇を押し付けるのだ。"硬化"をしていない彼の少しかさついた唇は、指との落差でいつもやたら柔らかく感じる。
「ッは、わり、血の味がすんな」
 毎回、口を離すと困った顔をしてそう言うのに、一向に飽きる気配がない。それどころか、一拍置いてぎざぎざの白い歯を見せて笑い、私の口元を硬くない指で拭うまでがセットである。
 私は、鋭児郎のにっかりと快活な笑顔は大好きだった。私が日々増える口内炎におとなしく耐えているのは、ひとえに惚れた弱みのせいに他ならないのだ。


 ***


 日々の峰田の演説のなかのそれに興味を持ってだったか、 上鳴の妄想に煽られてだったか、いや両方かもしれない。好奇心と悪戯心と少しのやましい気持ちで初めての口に指を突っ込んだ時、興奮よりもまず感動したことを覚えている。ガチガチに"硬化"した指が、あいつの口の中に入れたそばから柔らかく温かく溶けていくような錯覚。
「普通の指じゃ駄目なの?」
 そう呆れながら聞かれたことがあったが、俺としてはその硬軟の落差こそが面白くて、心地良くて、そしてなんとも言えない充足感だったので"硬化"をやめられるはずもなかった。
 たまに痛そうにぴくりと眉を寄せたり、舌を引っ込めたり、でもされるがままに耐えるがいじらしい。本人曰く抵抗したら歯が欠けるでしょ、とのことだが、普段の時に引いたり拒絶を表さないことも嬉しかった。
「えいいおう」
 いっぱいいっぱいの顔でようやく名前を呼ぶの顔も、たまらず口に噛み付いた時の俺とまるで違う軟らかすぎる唇と口内も、どうしようもなくたまらなく好きで、また俺は舌にあたる痛むだろう傷跡を無視して繰り返してしまうのだ。


(160418)


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