俺に一方的に話しかけてきた奴らの背中が、そそくさと廊下の角に消えていった。
「なにあいつら! 心操さあ、なんで怒んないの!?」
 職員室前の壁に寄りかかる俺の横では、あいつらと入れ替わりに駆け寄ってきた女子が唇を尖らせている。俺はただ、相澤先生から今週のトレーニングメニューを貰いたいだけだというのに。どうにも、今日はやかましい奴が多い。
「ちょっと、無視しないでよー」
「……アンタ、誰だっけ」
「ええっ!? クラスメイトだ……よ……」
「知ってるよ。そのまま静かにして欲しいなあ」
「……」
「……」
「……あっ!? 心操今“個性”使ったでしょ!」
 俺のお願いも虚しく、“個性”を解除された瞬間に口が開いた。まあ、教室でのこの女子の様子を思い出すと予想はついたけれど。クラスメイトの彼女……はついさっき自由を奪われたことをまったく気にする様子もなく、からりと笑った。
「いやー、本当にかけられるまで全然気付かないんだ。心操、やっぱりすごい“個性”だねえ」
「……もしかして、俺に何か用でもあった?」
「え、特に用事はないよ。ただ、あんな風に心操が揶揄われてるの見かけたらムカムカしちゃっただけ。ほら、クラスメイトだし、なんとかしたいなって」
「それで、居ない先生に挨拶するフリなんかしたのか。別に、俺は気にしないから次からは放っておいてくれていいよ。ああいうこと言ってくる奴には慣れてるし……」
 俺を庇ったせいでが絡まれでもしたら危ないし、本末転倒だ。そう止めたが、は拳を胸の前で構えて、むしろやる気満々なポーズを取った。
「私は気にするし腹が立つ! なんなら、次も首突っ込むよ!」
「いやいいって……なんでがそんなに腹立つんだ」
「だって、いつも心操が頑張ってるの見てるし。……あ、なんか今の良くない!? どう心操、もしかしてドキッとした?」
「……まあ、礼は言っとくよ。ありがとう」
 どういたしまして、と応えながら隙だらけのファイティングポーズを解除しては壁に寄りかかった。わざわざ俺の隣のスペースに。放課後で暇なのか知らないが、まだ俺とお喋りがしたいらしい。体育祭の後から、“ヒーロー科に挑戦する普通科”への物珍しさで声をかけてくるやつは男女問わず居た。その内容はさておき、大体は一言二言で立ち去っていく。俺は口が上手い方でも面白い話ができる方でもないから無理もない。だというのに、こいつは得意満面に人懐っこい笑みを向けて話を続けようとしている。
 まあ、に対してはクラスメイトで顔は知っているし……正直、悪い感情は無い。それに、俺が求めていたかどうかはさておいても、絡んできた奴らをうまく追い払ってくれたということもある。物好きだなあとは思うが、相澤先生が来るまではどうせ俺も暇だし、御礼になりそうなものも今は持っていないし、雑談に付き合うくらいはしても良いかと思った。……ただ、最後のよく分からないノリとそのドヤ顔は、ちょっと癪に触る。
「ねえねえ心操、私の”個性“聞きたい?」
「話したいなら聞くけど」
「なんと、アルミをひきつける能力! ……といっても、軽いものにしか使えないから缶の分別くらいしかできないの、超ウケるでしょ!」
「ああ……そうらしいね」
「なんだ知ってたの? 心操とかヒーロー科と比べちゃうとショボすぎてあんまり人に教える機会もないんだけどさあ」
「いや、のは良い“個性”だろ。よく知ってるよ」
「え?」
、よく敷地内散歩しながらゴミ拾いしてるだろ。……気の抜ける鼻歌歌って」
「えっ、やだ、ちょっと、えー恥ずかしい、なんで知ってんの」
「俺もお前を見てたから」
 わざとらしく笑ってに向き合ってやると、くねくねと身を捩るが固まった。その両手の隙間から覗く頬から、耳から、じわじわと全体が色付いていくのが見える。
 怒りながら駆け寄ってきたつい十分前から、今じわじわと茹っていくまで百面相みたいにころころ変わる表情が段々面白くなってきて、つい追い討ちをかけてみたくなってしまう。
「トレーニングで走ってる時とか、たまに見かけて気になってたよ。個性を活かして人知れず人の役に立ってる……“ヒーロー”みたいな奴がいるなァ、って」
 それにしても、“個性”を使ってもいないのにすっかり大人しくなってしまったなあ。
「……どう、もしかしてドキッとした?」
 そしてすっかり顔全部を覆ってしまった両手の下から、した、と蚊の鳴くような声が聞こえてきて、俺はつい声を出して笑ってしまった。


あとがき
ズルい心操くん模索キャンペーン
心操くん結構はっきり考えてること言うとこあるよね(210322)


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