ターゲットを探し出して、手錠を嵌める。ただそれだけの簡単な模擬戦。しかも、私の相手は心操だ。”個性”は強力でも会話さえしなければ良いわけだし、なんだかんだ実践経験の差もあるし。経緯は割愛するが、追い詰めるのは流石に容易かった。
「よっし、心操、捕まえた!」
「チッ……」
 心操の操ってくる捕縛布をかわして、距離を詰め、組み伏せてやる。そのまま馬乗りになってしまえば、もうこっちのものだ。あとは手錠を嵌めるだけ。
「まだだ」
「あ、ちょっと、ぐぅ……っ」
 手錠を、嵌めるだけ、なんだけど……! 男女の力の差と、あと捕縛布でも往生際悪く邪魔してきて、なかなか手錠が嵌められない。ぎち、と私の手と彼の捕縛布が拮抗して、動きが止まる。ああもう、手があと一本あったら終わりなのに!
「なぁ、
「……っ!」
 無視する。慌てて口を閉じた。“洗脳”だ。応えてはいけない。心操もその反応は当然のことだからか、意に介さず続けて口を開こうとしている。だが、そのなんとか私に口を開かせようと喋る間は、体捌きにまで十分な思考が割けないはずだ。幸い、重力も私の方に味方している。腕に体重をかける。体勢が傾く。耳にかけていた髪が落ちた。
「お前の髪、いつも、綺麗だなと思って、ぐ、目で追ってたんだけど、よ」
「…………」
 無視する。髪が視界に入って鬱陶しい。心操もギリギリのはずだ。どこか一瞬でも気が緩んだら、一気に捕縛布を引っ張ってバランスを崩してやるんだ。惑わされはしない。
「こう押し倒されて、間近にみると、目も綺麗な色してるんだな」
「…………」
 無視する。元々そういう目つきなのか、癖なのか、眠たげに半開きの瞼の下の紫色が、私をまっすぐに見上げている。
「今までのヒーロー科専門教科のノートもありがとな。丁寧にまとまってて助かったよ。端っこに書いてくれてたちょっとしたコメントとかも、らしくて笑った」
「…………」
 無視する。くそぅ、心操、思ったより鍛えている。普通科の授業に出ながら、ヒーロー科の授業に参加したり、放課後に特訓してたり、努力家なのは知っている。捕縛布が、手のひらに食い込んで、痛い。いつの間にか、私が現状維持に精一杯じゃないか。
「廊下で見かけたってだけで笑顔で声掛けに来てくれるだろ。あれ結構嬉しい」
「…………」
 無視する。さっきから、心操がペラペラと口にしているのは、挑発の一種だ。無視だ。考えちゃだめだ。
「それにそういうところ、結構かわいいなあと思ってる」
「…………」
 無視する。無視しろ。
「なぁ、
「……っ!?」
 突然、力が緩められる。その勢いのまま、心操の両腕が、捕縛布ごと私の手で地面にくっつけられる。何故。自ら不利な体制に。……心操の顔が、もう少し勢いが余っていたら、頭突き、をしてしまいそうなほど近い。いや、動揺しちゃだめだ。頬に、熱を集めちゃだめだ。手錠を嵌めるんだ。心操の瞬きに、口の動きに、惑わされちゃ……。

「好きだ」

「ッいやそういうのズ──」
 ──ルいってぇ。まで叫ばせてもらえず、一瞬で意識が飛んだ。
 授業の最後。私は捕縛布にぐるぐる巻きで地面に転がされたまま「相手の個性が分かりきっていて……しかも1対1の状況で……まんまと洗脳にかかるとはどういうことだ? お前何ヶ月ヒーロー科やってんだ」と相澤先生に呆れ気味のレビューを頂いてしまった。……いや、だってさあ! そんなこと言われたってさあ!! あんなこと言われたらさあ!!!
 みんながドジだなと笑ったり、どうやって“個性”を発動させたのか首を傾げたりする中、当の本人は言い訳しようにも絶対にできない私をニヤりと見下ろしていた。


あとがき
心操くん、口八丁になっていって欲しい(確かな願望) (210203)


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