休み時間。横に立っているクラスメイトを見上げ、切島はびくりと肩を揺らした。
「うお、どうした目つきヤベエぞ」
「マジ?」
「マジ。爆豪みてえ」
「最悪じゃん」
 切島の前の席である彼は幸い不在だったが、本人に聞こえていたら爆破必至である。はぐしぐしと指で眉間をほぐしながらその爆豪の席に腰掛けた。
「それで何をそんなに睨みつけてたんだよ」
「障子くん」
「ああ……」
 は障子が好きだ。その事実は想いを向けられている当の本人も含めてクラスの全員が知っていた。好きというだけで特にが特別な対応をしているわけでもなし、付き合って欲しいと打診するわけでもなし、障子もどこ吹く風で、本当にただは障子が好きだという情報としてもはや日常にあった。
 切島は斜め前を見た。障子の席は爆豪の斜め前で、体の大きな彼はもそもそと次の授業の用意をしていた。
「私さっきの授業中考えてたんだよ」
「お前国語の成績悪いんだから真面目に受けろよ」
「セメントス先生は好きだよ」
「聞いてねえよ」
「まあそれでなんだけど、障子くんって絶対に口出さないじゃん」
 障子は常に首から顔の下半分を布で覆っている。話すときは複製腕の先端に口を作り、昼飯を共にする時を思い返してもそれで食べているので、本当に誰も彼自身の口を見たことはなかった。
 そうだなーと適当に頷いてやると、は盛大に溜息を吐いた。
「キスする時どうしたらいいんだろ」
「お前その心配いるか?」
 仲を進展させる気が全くないくせに何言ってるんだと思わずツッコミを入れたが、確かに気になるところではある。切島はと仲良く首をひねった。
「だってほら、覆面の上からやるのもどうなのって思うじゃん。そもそも口隠してなきゃこんな心配いらないのにとか口隠してるのもミステリアスで良いものだとか思ってたら凝視してた」
「殺気を込めて睨んでるようにしか視えなかったぜ」
「愛はこもってた」
「うるせえよ。複製口で良いんじゃねえのか」
「でも普段は口作ってないじゃん。一々口作ってってお願いしてからやるのムードも何もなくない?」
「問題ない」
「ひえっ」
 流石に近くの席で自分がくだらない話の槍玉に挙がっているのが気にかかったのか、障子ご本人様がのっそりとふたりの横に立っていた。実は彼が近づいてくるのは切島からは見えていたが、の面倒臭さにわざと教えなかったのである。
「障子くん。問題ないってどういうこと?」
 さっきの話題から動揺もなく普通に聞き返すもすげえな、と切島は感心する。見習いはしないが。  がそうして障子を見上げていると、彼は口が複製してある自分の触手の一本をもたげ、の頬に触れた。いや、くちづけた、というのかもしれない。教室のど真ん中で堂々と行われた行為に、も、間近で目撃者となってしまった切島も固まった。
「俺は、翻弄されるよりは……」
 障子は意趣は返したと言わんばかりにふんと鼻で笑う。
「主導権を握っていたいほうだ」
 少女漫画の登場人物のように顔を輝かせるに対して、うんざりするのは切島だった。どうして目の前でこんないちゃいちゃを見せられなきゃいけないのか、と。こいつらこれが自然なら周りのためにももう付き合えよ、と。
「障子くん……! わかった、キスは覆面の上じゃなくて複製口のほうね……!」
 なにがわかったんだ。もう勝手にしてくれ。
 切島は、次の授業の用意をと鞄に手を伸ばした。リア充爆発しろ、とは念じなかった。それは切島がそういう嫉妬は男らしくないと思う性格ということもあったが……。
「テメエモブ女ァ!人の椅子に座ってんじゃねえ殺すぞ!」
「ぎゃああっ髪の毛っ髪の毛が爆風でっ!」
 熱風が頬を撫でた。全自動爆発人間のお帰りと、見事雰囲気を爆破されたに切島は溜息を吐く。そりゃそうなるだろう、そろそろ次の授業が始まる時間なのだから。
 当事者であるはずのもう一人の不思議な男はいつの間にやら、素知らぬ顔で席についていた。


(160417)


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