のちの福島正則、その幼きころ。少年は名を市松と言った。風はなく、空は快晴、気温は心地よい。まさに祭日和。その日街では朝からの催しに賑わっていた。戦勝祝いか何かということを同じ豊臣の子飼い仲間が話していたが、市松は深い所は知らず、ただ騒がしいのが楽しく祭りを満喫していた。その両の手いっぱいに菓子や玩具を抱えていた。
「一度城に置いてこい、馬鹿。」
 口をそろえてそう言ったのは仲の良い2人で、市松はせっかくの祭りだというのに歳に合わず落ち着いたその様子に、大人ぶりやがって大人になったらはしゃげねーんだぞ、と憎まれ口を半ば叫ぶように叩いた。大人ぶったのは態度だけでなく口も上手い彼らに言いくるめられ、結局市松は足早に城に戻っていた。
 城門をくぐり庭に誂えられた池や庭木の脇を抜け、目的である子飼いの部屋の目印、松の木を通りかかろうとした。
「そこのもの!」
 松の木がしゃべった。市松は驚きに荷物を取り落としかけ、なんとか堪えた。きょろきょろと当たりを見渡すがやはり人影は無い。
「おい、おまえのことだ!」
 やはり声は目の前の松から聞こえてくる。松はどう成長したのかくねくねと変に曲がっており---「イショウがある、と言うのだクズめ」という目付きの悪い友人の言が浮かぶ---よく聞けば声はその木の上から降ってきていることに市松は気付いた。まさか妖怪じゃないだろうか、と半ばびくつきながら顔をあげると、頃合いを測ったように顔面に松の実がぶつかった。市松は、いてぇな、と荒い声を上げ、単純にももう恐怖を忘れ再度顔を上げた。
「お、おまえがきづかぬのがわるいのだ!」
 そこには、子供がいた。市松に比べればそれはとても小さく、幼子から抜け切れていないと分かる程の子であった。気を引くために自ら松実を投げ落としはしたが、まさか当たるとは思っていなかったのだろう、驚きか焦りか、くりくりの目を大きく見開いた女子がいた。そう、髪が長いというだけでなく、その着物は学がさほど無い市松でもわかるほど上品な女物で、その子供は女子でありしかも恐らくは姫である、そう直感した。
 ただ本当に姫であるならば、何故このような所、子飼い共の遊び場、それも木の上に鎮座しているのか。それに関しては何もわからなかった。
「なんだお前、なんでそんな所にいんだよ!」
「うるさい、よいからてをかさぬか!」
「ハァ?手?」
 しつこいようだが、市松の両の手は祭り土産によって埋まっているのだ。見ればわかるだろうが、と偉そうな話し方をする枝の上の女子を睨みつける。友人たちがいれば口の聞き方と態度に文句を言われただろうが、今はいない。市松と女子は睨み合う形になった。
「もしかして泣いてんのかお前!」
 数秒の後、市松は女子の大きな目が心なしか光っているのに気付いた。女子は泣いてなどいないと直ぐに大声を返したが、一度気づけばやはりその目は赤く、市松はかの女子が泣いていたことを確信した。
「おりられねーんだろ!」
 抱えたものを全て足元に放り、松の幹に手をかける。女子の言葉につまる声にならぬ声がした。図星のようだ。松の幹に足をかける。困っている奴は助ける。子供ゆえか、市松の明朗快活な性格か、実に単純な理論だ。遊ぶときや勉強から逃げるときに何度か登ったことのある木。市松はするすると女子のいる高さまで行き、女子を背負いまたするすると大地に降りた。背中で、まるで猿のようだ、と感嘆の声を上げる女子やたらと軽く、上品な着物は良い香りがした。そうして、先ほど放り出した土産を拾おうと背から降ろしてやれば、地面に安心したのか女子はやはり偉そうに口を開いた。市松はかがみ拾いながらそれに応えた。
「れいをいおう!ほめてとらすぞ!てまをかけたな!」
「別に構わねぇけどよ、なんでお前みたいな奴が木の上にいたんだ?」
「まちを、みていた」
「なんだ見てるだけじゃなくて行けばいいだろ、折角の祭りなんだからよ」
「まちに、いったことなど、ない。きょうは、おまつりだと、それで、みたくて」
 甲高い声は次第に途切れがちになり、小さくなっていく。泣くのを堪えているのだろうか、そのうちその小さな口をきつく結んでしまった。
 他の者であれば、まだ幼子で、しかも女の子供となれば周りの者は心配で不安で城から出してもらえるはずがないし、何時から木の上にいたのかは分からないが恐らく姫であれば今頃侍女たちが探しているに違いないと近くの大人に声をかけたことだろう。ここで、女子にとって幸いなのは、市松はそこまで考えが回らず、そして情にまっすぐであったことだった。 「いいものを見せてやる」
 にやり、得意気に笑ってみせた後に両腕に抱えたものを見せてやる。先ほど集めたばかりの祭りの土産。そのうちいくつかを自らの手に残し、他を女子に押し付けた。小さな腕に持ちきれないものがぽろぽろと零れ落ちる。市松はそれを気にかけること無く、手に残した2,3個の塊を見せた。ぼろ布を継ぎ接ぎした小さな塊だ。
「これな、お手玉って言うんだぜ。」
「それがなんなのだ?」
 そうして、首を傾げる女子を前に、市松のお手玉遊びが始まった。ばらばらの色の塊がくるくると宙を舞う。勉強をさぼり遊んでいた市松にはお手の物だった。女子の顔が疑問から驚き、そして喜びに変わり目がきらきらと、最初の涙ではなく興味に輝いていく様に市松は満足気に笑い、適当に投げるだけでなく即興で技を考えてみたり次々とお手玉で遊んでみせた。
 そうして次第に祭り土産お披露目会説明会になり、いくつもの雲が流れ、影の位置も変わった頃、市松はひとつ大きく息を吐いた。女子の方は何度目になるかわからぬ感嘆の息をついた。
「さすがに疲れちまった。」
「わらわはすごくたのしかったぞ!」
「そりゃよかったぜ!」
「そうじゃ、おまえ、なはなんという」
「おれか?市松ってんだ」
「いちまつ、か。おぼえたぞ。」
 覚えようとする動作なのか、ふむふむ、とこめかみに手を当てて女子はいちまつ、いちまつ、と2,3度繰り返した。遠くから女の声が聞こえる。女子を探している声だろう。もう満足した、というように女子は白い歯を出し、笑顔を見せた。
「いちまつ、また、その、」
「あ?」
「またわたしとあそんでくれ」
 袖下の袋が膨れるほどにお手玉や他の土産を詰め込み、重そうな腕を上げて女子は声のする方に駆けていった。
「当たり前だろ、今度は他の奴も連れてきてやるよ!」
 これが豊臣の子飼いと、豊臣の姫との最初の出会いであった。
 なおこの晩、市松がこの話をして子飼い仲間や世話役の大人たちにしこたま怒られたのは言うまでもない。


あとがき
子飼いと姫の話が書きたかった。また筆が乗ったら虎之助と佐吉との話も書きたい。
書いた後に思ったけど正則って不器用そうだ。でもきっと遊びは器用かもしれない。 (140330)


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