「公閭、寒いの?」
 前触れのない問いかけに、賈充は彼女の髪を整えていた手を止めた。指に絡めた幾分か荒れた髪が数本、すり抜ける。何故そんな質問が出たのか全く理解できないと、唯でさえ狭い眉間に皺が浮く。なにせ、今は夏だ。彼女の髪を梳く程度しか動作せずともじっとりとした熱気が皮膚を纏い、じんわりと汗が皮膚に浮く。髪をされるがまま賈充に任せ、ひたすら机上の細やかな装飾作業に没頭していた彼女の手も、止まっていた。椅子に座ったまま、彼女は賈充へ振り返る。するり、手櫛に収まっていた髪が指に僅か引っかかりながら、離れた。見上げてくる彼女の瞳に、机上にちらばる色とりどりの石が重なる。窓から入る日に反射する光が、なんと純粋なものかと感嘆が溢れかける。喉元に押し込めるように、一つ唾を飲んだ。
「お前は今が冬だと思うのか」
 空になった手を降ろして問い返した。彼女の目線が下る。賈充の手を追っているのだと気付いた。降ろしたばかりの片手を彼女の前に出した。
「俺の手がどうかしたのか」
「やっぱり」
 彼女は賈充の手に触れて、ぽろり、呟いた。彼の手をまるでなにか上等な作品かの様に、そっと触れるだけの彼女の指先。ぴょこん、見ればささくれが立っている。賈充がそれを見つけたと同時、彼女が続けた。
「公閭、手が冷たいよ」
 さっき頬に当たった時に気付いたの。そう言って両の手で賈充の片手を包んだ。大事な作品を布で覆うように、優しい力だった。
「体質だろう、寒いわけじゃない」
 彼女の掌の熱を感じながら返す。じんわりと暖かい。
「そっか。良かった」
 彼女は笑んで、安心したと言う風に小さく息を吐いた。依然として手は触れ合っていた。
「公閭の手、私好きだよ」
 そうか。一言そっけなく返す。微笑み手を見つめる、彼女の伏せった目元を眺める。
「冷たくてさ」
 俺の手を涼を得る道具にするのか。喉の奥で笑う。穏やかに細められた目。睫毛に覗く瞳。
「何よりも綺麗でさ」
 またそれか。呆れたと苦笑する。熱さのこもった風が、中途半端に梳かれた彼女の髪を揺らした。よく道端で寛いでいる猫のような毛並みだ。
「少し手を離せ」
「ああ公閭、ごめ、」
「違う」
 浮いた彼女の手を、間髪入れずに今度は賈充の手が掴んだ。きょとんと瞬きをする彼女を無視して、賈充は指を動かした。彼女の指の間ひとつひとつに、自分の指を一本一本差し入れていく。先ほどまで彼女の髪にしていたように、今度は指と指が絡んだ。
「これでいいだろう」
「そうね」
 いつもなら小言を言うところの、彼女のささくれがやたら愛らしく感じた。それを見つめる賈充に気付いたのか、彼女はバツの悪そうな顔をして手を下げようとした。逃しはしないと手の力を尠少、彼女が痛がらぬ程度に強める。
「離さないよ、好きだもの」
 握り返して頬を緩めて笑う幼馴染。気温が上がったような気がした。夏は苦手だ。暑さで気が乱れる。

 何度言ったらわかるんだ、だから、

あいまいな物言いは、やめろ


あとがき
甘めの目指してみた。 (140811)


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