ちゅん、と鳥の無く声が妙なほどにはっきり耳に響いた。私というものは、普段はどうしようもなく居汚ないのだがその一瞬で何故かまぶたはすっきりと抵抗なく開いた。天井の未だ慣れぬ木目をぼんやりと目でなぞる。ちゅちゅん、とまた楽しそうに鳴く鳥たちに、私は誘われるようにしてずるずると縁側へ身体を引きずった。たまに早朝に何とは無しに目が覚めるこの感覚、いいものだなと口角を薄く上げながら。
 そう慌てるな、まだあるのだから。縁側で見えた滅多に見ない朝焼けに一瞬感動して、そしてすぐに飽きた私は昨晩の夕餉の残りのからからに乾いたご飯を使い、鳥たちと戯れていた。立派な作りをした、とても広い庭の、初めは遠くに放り、どんどん近くに撒いて行く。我先にと競うように首を地面に突き立て突き立て、どんどん私の近くに誘われているとも気付かずに一心不乱に啄ばむ鳥たちがどうにもおかしく、嗚呼いい朝だ呟いてと残りの米をばらまいた。
「おや、鳥と遊んでいるのかい?」
 不意に背後、部屋の引き戸のあたりから呼び掛けられたその声に、私は息を詰まらせた。つい数秒前に思った、いい朝が、もう最悪な朝になった、刹那にそう感じていた。
「君がこのような早朝に起きているとは……これは珍しいものがみられたね。」
 何が面白いのか、声に笑みを含ませながら足音は近付いてくる。私は朝日を吸ったように白色の玉砂利と米のかけらを凝視し続けた。私のすぐ後ろで止んだ足音の主に、私は心中で悪態をついた。何が珍しいものをなのか、自分は朝起きてこないどころが、昼も寝、夜も寝、起きているときは書を眺めるか庭を眺めるか位の物の奴が、一体何を言っているのだか。私の背中からそんな言葉を読みとったのか、その男はしゃがみ、私を閉じ込めるように腕を回してきた。
「私はね、」
 猫なで声、とはまた違う、しかし嫌に優しい声で男は私の耳に囁きかけ始めた。
「君がずっと私の傍にいて、」
 つ、と男の右手が、もう両方とも先の無い私の脚を撫ぜた。
「一緒に寝ていられたら、」
 す、と男の左手が、もう二度と音を発しない私の喉を撫ぜた。
「それだけで幸せだよ。」
 それだけ、そう、それだけの為に。一体こいつはどれだけの事をしたのか。皆は、私はどれだけの事をされたのか。一見陽だまりのように笑みを浮かべるだけの男が、その実屋根裏のように酷く仄暗く湿った中身を隠しているか。いつの間にか男と正対するように身体をひねらされていた。そうして男は私を縛るようにきつく胸に抱き込んだ。
「おやすみなさい」
 嗚呼、だからこの男が嫌いなんだよ。
 男の肩越しに徐々に傾いて行く世界を眺めながら、私は思考をやめた。青空に逃げて行く鳥たちが、酷く羨ましかった。

 酷く、うらめしかった。


あとがき
都都逸(111018)


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