いくぞー、なんて聞き慣れた声が聞こえたかと思うと、下から小瓶が飛んできた。
「お、ナイスキャッチ」
 掃除道具を放り投げてそれを受け止めると、今度は男が甲板に飛び乗ってきた。
 私が暇を持て余してやっていた掃除に使っていたモップを拾いつつ、近付いてくる男の足取りはうきうきと軽やかだ。目深に被った帽子のせいで目元は見えないけれど、口は楽しそうに弧を描いている。
「びっくりしましたよ……急に投げるから」
「そりゃ、びっくりさせようとしたからな」
 怪訝な目を向けてしまう。なんでこの人ここに居るんだろう。
 今日は折角まだ日の高いうちに大きい街のある島に着いたっていうのに、キャプテンは「お前はのんびりしていろ。何もするな」で、ベポも「とびきり美味そうなの見つけてくる!」とかなんとか。みんなして口々に楽しそうに私に留守番を押し付けて出て行ってしまったのだ。勿論、ペンギンさんもそうだ。いつもウザ絡みをしてくる時の笑顔を浮かべながら私の髪の毛をぐしゃぐしゃにして、私が直している間に居なくなっていた。
 まあ、この人の私への馴れ馴れしい態度はいつものことだ。私がキャプテンに拾われ仲間になってから大して間をおかずにこんな調子なので、流石に最近は慣れて来たけれど。
「それ、なーんだ」
 私が戻ってきた理由や小瓶について尋ねるより、ペンギンさんの方が早かった。指差されたそれは、私の両手にすっぽり収まるサイズで……ラベルはなんだかやたら可愛らしい色合いをしていた。いや、散りばめられているピンクのハートが目に痛い。文字らしいものは見当たらず、名前などから予測することも難しそうだった。
 顔を上げれば、ペンギンさんはモップを長槍のように回しながらもにやにやと私を見つめていた。
「くだらないものだってことは分かりました」
「えーっ!? ひでえなあ、お前のために買ってきたってのに!」
 がらん、とわざとらしくモップを取り落として四つん這いで泣き真似を始めてしまった。これが我が船が誇る大先輩の姿か……しかし、ここで構ったらつけ上がって小芝居が長引くことはもう学習済みだ。
「で? なんなんです、これ」
「んー、ビヤク」
「は? すみません、もう一度教えてください」
「だから〜こう、あはーん、みたいな?」
 まだ甲板に横たえたまま、今度はくねくねしている。どこかの島のバーで突然始まったストリップショーのお姉さんを思い出したけれど、眼下のそれは私が客なら金ではなく酒瓶を顔面ど真ん中に叩き付けるレベルのものだった。
「分かりました叩き割ります、じっとしていてください」
「冗談、冗談だって! 香水だよ!」
 ペンギンさんに、折角振りかぶった腕を抑えられてしまった。普段戦闘時にはいつも驚くし尊敬もする身のこなしだけれど、こんなところで発揮しなくてもよい。
「まあまあ、開けてみろって」
 じとりと拭えぬ疑念で睨んでみても、カラッとした笑顔を返してくるだけだ。まあ、流石に毒ではないだろうし、妙な薬だったとしてもキャプテンがいる。さあさあとペンギンさんに急かされるまま恐る恐る小瓶のコルクを引き抜くと、ほのかに甘い優しい香りが漂いはじめた。なんとなくペンギンさんに視線を戻せば、依然ニコニコとしたまま私の反応を待っていた。……どうやら、香水だという言葉に嘘はないらしい。
 “お前のために”とのことだったけれど、確かに嫌な香りではなくて、むしろ好みな香りですらある。でも、なんでこんなものを突然寄越して来たのかが分からない。
「お前、丁度今日が誕生日だろ」
「え? ……あっ」
「いや覚えとけよそこは! だからみんな買い出し行ったんだろ、お前の誕生日パーティーの準備で」
 ……そういうことか! キャプテンのあの態度も、クルーのみんなが私に声を掛けていったのも、私のためだったんだ……。そういえば、何人か「おめでとう」って言っていたけれど、あれは留守番係ドンマイって揶揄われていたんだと思ってた……。
 私が愕然としている間ペンギンさんはというと「マジで気付いてなかったのか」と指を差したり腹を抱えて笑い転げたりしていた。失礼な……と怒りたいが、私が抜けていたのは事実なので何も言えない。悔しいけれど。
「あ、りがとうございます……」
「どういたしまして、はーっお腹痛え」
 でも、ペンギンさんがひと足先に帰ってきた理由は特に思い当たらない。いつもなら街があるような新しい島に着いたら、シャチさんと2人か適当なクルーも合わせて時間が許すまで遊び歩いているのに。プレゼントだって、別にパーティーの時に渡してくれればいいのに。
 モップを拾うペンギンさんに率直にそう聞いてみると、ビシリとその柄の先を私に突き付てきた。
「だってパーティー始まっちまったら、主役となんてふたりきりになれないだろ?」
 声こそは飄々としているけれど、帽子が邪魔をして表情は見えなかった。
 なんて返事をしようかと考えていると、トンと柄の先が私の首に触れた。
 ペンギンさんが、よっこいしょ、なんて立ち上がりながらそのまま私の顎を掬っていく。
「それに、夜中を待ってかわいいおまえにそれ渡したら……本当に媚薬になっちまうからさぁ」
「……やっぱり捨てますか。とりあえずモップ片付けてきますね」
 私はモップを奪い取って、なにやら喚いているペンギンさんを尻目にツナギの胸ポケットにそっと小瓶をしまった。
「なあ冗談だって! いやっ割と冗談じゃねえとこもあるけど! なあ、おーい!」


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