大口を開けて笑うシャチさんとベポに、私はテーブルを叩いた。
「もー、何がおかしいんですか!」
 “ペンギンさんに意趣返しをしてやりたい“。私はそう言っただけだ。
 ペンギンさんは、私が船に乗ってすぐ世話役に着いてくれた大先輩だ。確かにいっつも私に付き纏……世話を焼いてくれて、そしていっつも私のことをパワハラセクハラで揶揄ってきたり、特訓だとか可愛がってやるよだとか言ってペンギンさんが満足するまでぼこぼこにしてくる人だ。
 そういうあれやそれやに対して一度くらい仕返しをしてやりたい。あのペンギンさんがぐうの音も出なくなるところを見てやりたい。
 そう決意しての愚痴ぼやきかつ相談のために、一番あの人の弱点を知ってそうな相手としてこの二人を呼んだのに、もうずっとこれだ。私が話し終えるより先に盛大に笑い始め、今ではシャチさんは息切れして机に突っ伏して震えているし、ベポなんか椅子から転げ落ちている。
「だって、おま、おまえ、どうしたらいいって……」
「この船で誰よりも、ずっと、それやってるのに……」
 だめだ。息も絶え絶えに意味不明なことを言い合ってはまた口に手をやったり腹に手をやったり、楽しそうでなによりだ。前の島で買ったお気に入りのお菓子を振る舞ったりするんじゃなかった。
「まあ待てよ、一番シンプルな方法があるんだって」
 部屋から追い出そうとツナギを掴んだところで、シャチさんがやっとまともに言葉を発した。相変わらず口角は上がったままだけど。
「えー……そんなことで?」
 耳を貸せ、なんて言われたから一体どんな秘策がと思ったら、教えられたのは本当にシンプルな一言だった。
「前にキャプテンが”そろそろ良いだろう“なんて言った時なんか、もう大変だったよ」
 ベポに確認してみても、間違いないと頷いてお菓子を食べていた。かわいい。
 私は息を吸って、その言葉を復唱した。

「──世話役、他の人に変えて貰いますんで」

 かくして私は、いつも通り「稽古をつけてやるよ」とやってきた大先輩に大嘘をついてみたのである。
「……」
 さてペンギンさんの反応はというと……何も無かった。
 普段私相手に崩さないニヤけ面……というか帽子でいっつも下半分しか見えてないんだけれど、その口はすっと閉ざされて動かなくなってしまった。真一文字というわけでもへの字というわけでもない。私を引っ張って行こうとする腕も降ろされ、ただただ私の前で直立している。“無”だ。
「……」
 確かに、ぐうの音も出なくなるところを見たかったしそれは叶っているのだけれど……想定と違って、想像以上に怖い。いや、ぐうの音も出なくなるほどって言うのは慣用句として例えであって、あくまで私が見たかったのはペンギンさんの驚く姿とか悔しがる姿で……シャチさんとベポにきちんとそう伝えた上でこの言葉を教わったはずだ。
「ペンギンさ、」
「誰だ? シャチか? ベポか? キャプテンか?」
 全身から、針を突くように汗が噴き出した。
 聞いたことの無い声だった。
 そして瞬時に理解した。今のペンギンさんは”無”ではない。色々なものを、無理矢理押し殺した状態だ。
 身じろぎ一つ、できない。余計なことをすれば最後、その均衡が崩れてしまうような気がした。
「……や、あの……」
「……」
 ぴくり、とペンギンさんの指が動く。たったそれだけで、首を掴まれたような息苦しさに再び喉が締まる。もしペンギンさんの覇気が覇王色だったら、きっと私はとっくに泡を吹いて倒れていた。けれど、まだ意識を保っている。緊張感にくらくらする。私は意識を保つように自身のツナギを掴み、やっとまともに言葉を発した。
「うそ、です……すみませうわー!?」
 だというのに、ペンギンさんが目で追えない速さで両肩を掴んで聞いたことのない壮絶な溜息を吐くもんだから、最後まで言い切れずに悲鳴をあげてしまった。
「……誰だ? シャチか? ベポか? キャプテンか?」
「の、ノーコメントで」
 いつもの優しい……いつもやさしいかな……いつもの飄々とした先輩の声だ。しかし安心しているうちに、掴んでいた腕は首に回って緩やかなヘッドロックに変わり、私に余計なことを吹き込んだのは誰なんだと尋問が始まってしまった。やっぱり優しくない。
 しかし、予定とは大分違う結果になってしまったけれどペンギンさんの普段と違う様子が見られたことには違いない。あの二人を売って良いものか、なんて悩んでいると「まあどうせシャチかベポだろ」と正解をぼやきながら諦めてくれた。
「なんで、私のことそんなに買ってるんですか?」
「んー、いつも言ってるだろ、かわいいって」
 これ、会話成り立ってるんだろうか。首が動かせなくってすぐ横のペンギンさんの顔色が分からない。まあどうせいつも帽子の影に隠れてるんだけど。
 じたばたともがいていると、ペンギンさんが言葉を続けた。
「ま、今のところおまえを他にやる気は無いってだけだよ」
 ロックしていない方の手が、私の頭を数度ぽんぽこ叩く。ベポの話では船長命令でも聞かなかったらしいから、私の世話を焼きたい真意はわからないけれど本気ではあるらしい。
「……ッくび! くびしまってます!」
 咄嗟に呻き声が上がる。前触れなくペンギンさんが脚を動かし始めたのだ。……私の首を腕に収めたまま!
「さーて、今日はいつも以上に可愛がってやらないとなあ……!」
「きゃ、キャプテーン! 世話役変えてくださーい!!」


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