その日、私は特別気分が良かった。足には、下ろしたての綺麗な靴。ルージュで成形したような艶やかな赤がとても魅力的で、靴屋で一目みて私は思わず財布を開いたのであった。
 そうだ、折角だし出かけよう。この新しくぴかぴかの素晴らしい靴を履いているのだ、特に用事はないけれど、じっとこもってなんていられない。棚から化粧道具を引っ張り出す。ネメシスで手伝いをし、たまに大学に行く私の滅多にやらないお洒落だ。きっと誰も気に留めないだろう。いや、スタースクリーム、細かい彼は気がつくだろうか。気付いても馬鹿にされそうだ、そうしたら彼の足に口紅で落書きしてやろう。鼻歌を歌い、くだらないことを考えているとあっという間に化粧が終わった。ちょっと良い上着もひっぱりだして、鏡でチェック。ささやかなお洒落支度が整った。

*

、」

 鼻歌交じりにスキップ、とまでは行かないが軽い足取りで出口に向かうところ、呼び止められた。当艦きっての不真面目闇医師メディックノックアウトだ。無意味に出かけようとしている私が彼の素行をどうこう言えたことではないが、私がネメシスの出口に向かう途中で出会ったのだ、きっと彼の予定もこれからサボりに出かけるかどうか、でおおよそ間違ってはいないだろう。

「あら、メディックノックアウト。こんにちは。」
「どうも。……おや、」

 ノックアウトは手をひらりとさせ挨拶をすると、何か驚いたように、どこか興味深そうに目を開いた。人に比べたら大きな足音を2,3度立てて私の側に寄り、その細長い指でゆるりと優雅に私の足元を指す。

「その靴、良いですねえ。私にお似合いだと思いませんか?」
「メディックノックアウト、貴方靴履けないでしょう。」

 何故か私並に御機嫌なノックアウトに率直に返せば、彼は大きな音を立てて溜息、もとい排気をした。……心底呆れたような、馬鹿にしたようなそれが少し気に障る。

「わからない人ですね。」

 ノックアウトはひとりごちると、突然幾らかの金属音を立ててその姿を崩す。数秒も経たず、私の側にネメシスでは見るも珍しい車が現れた。いや、なんとかというメーカーのなんとかというスーパースポーツカーだからネメシス内でなくても見ないけれど。目の前の自動車狂に言えば説教でもくらいそうな程の認識だが、車の知識が無い自分としてはそんなものだ。ああ、そういえば有名な映画に出ていたとかなんとかって……。

「なにを突っ立っているんです?」
 僅かな知識の棚をひっくり返し、状況がよくわからず立ち尽くしたままの私に、トランスフォームをしたノックアウトが苛立つようにドアを開ける。

「今日くらいは貴女を乗せてやろう、と言っているんですよ」
「酷い上から目線ね」

 普段絶対に人を乗せたがらない、乗せるとしてもやれ私に見合わない、服をはらってからにしろ、土が付く靴を脱げとうるさい彼から出た言葉とは到底思えない。少し詰まりながら応えれば、焦れるようにヘッドライトがチカチカと明滅する。

「乗・り・な・さ・い」
「あら、貴方の故郷では女性をデートに誘うとき、命令口調が常識なの?」
「これは失礼、では……私に身を預け共に風を駆けてはいただけませんか、"Gorgeous Lady"?」

 差す光を反射して、赤い車体が艶やかに輝く。ナルシストと揶揄される程に外見に気を遣い、また車狂いを自称する彼に一切の不足なく美しいその姿に、悔しいけれど一瞬時が止まる錯覚。

「化粧にコート、何よりその靴。ああ、今のこの図をサウンドウェーブにでも撮って欲しいものです、きっと絵になる。」

 恐る恐るドアに手をかけ、ステップに足をかければ、微笑するように車体が揺れた。乗り込み張りのあるシートに身を預ければ、するりと優しく巻き付いてくるシートベルトがくすぐったくて、こそばゆくて、だから私は笑ってしまって、顔が熱くなってしまったのであって、それだけで。

「赤く美しい私に、今日の赤く美しい貴方は……どうです、お似合いでしょう?」
 彼に外見を褒められたのは、ここに来てから初めてのことだった。


あとがき
Gorgeous Lady (きらびやかで)美しいお嬢さん
ノックアウトのモデルといわれるアストンマーチン・DBS-V12が007に出てると聞いたけれど、まだ観られていません…… (150419)


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