メインルームの戸が開く。
「どうだ、サウンドウェーブ?首尾の方は」
のしのしと偉そうに足を踏み入れてきたスタースクリームは、メインモニタ前で操作盤をいじる細身の機体に声をかけた。それを聞いてか、巨大なメインモニタ中に目まぐるしく表示されては流れ続けていた大量の文字や図がピタリと止まる。スタースクリームがそばまで来ると、サウンドウェーブはゆるゆるとメインモニタを指差した。その方に目を向ければ、目標の座標とその周辺の地図、必要機体数、必要機材まで全てまとめて表示されていた。
「ハァン。ご苦労さん」
無口で共にいてつまらないことこの上ないが、まったく、相変わらず仕事は早い。スタースクリームは大仰に、そして忘れず偉そうに腕を組んだ。……しかし、それにしても、だ。説明をするように指を動かすサウンドウェーブに悟られぬよう、スタースクリームはその赤い目だけをぐるりと動かす。その視線は、サウンドウェーブの指差す先ではなく、メインモニタの片隅に注がれた。
このごろのスタースクリームには、嫌でも目につくものがあった。神経質な彼の場合、気に障るものに近かったが。最近、サウンドウェーブはペットを飼い始めていた。今までもレーザービークを甲斐甲斐しく気にかけてるようなところはあったが、それとはまた違う新しいペットだ。別に彼がどんな愛玩物を持っていようがスタースクリームには本来どうでもよいことであった。しかしそのペット自体に、彼の気質が細かいことを差し置いても看過できぬ問題があった。
メインモニタ隅には、そのペットの部屋がワイプ表示されていた。鋼鉄で構成され基本的に無機質で殺風景なはずのネメシスの小さな一室。そこに色とりどりの物が所狭しと転がり、その中心にそれはいた。膝を抱え目から水を流し耳障りな声を漏らすそれは、人間だった。
何を考えているんだ、サウンドウェーブは。
スタースクリームにはサウンドウェーブの神経が分からない。人間といえば、自分たちが侵略を企てているこの地球の生物であり、自分たちが滅ぼす相手に他ならない。液体が詰まったぶよぶよの革袋だ。きもっちわりぃ。初めて人間を見た時の感想は未だ拭えはしなかった。
『貴様、我の話を聞いていたか!』
「ぅお!?」
ヒビが入りそうなほどの音にびくりと体が跳ねる。あれで叩いたのだろう、ワイプ部分をまるで手で覆い隠すようにサウンドウェーブの触手の先が張り付いていた。スタースクリームは肩を竦める。わざわざサウンドウェーブの敬愛する、スタースクリームの苦手とするメガトロンの音声を引用して怒鳴りつけたのだ。普段喜怒哀楽を態度にも表さないサウンドウェーブの明らかな怒りに、スタースクリームは面倒くさそうに手をひらひらと揺らした。
「聞いてたってんだよ怒鳴ンなよナァまったくよぉ」
スタースクリームは大げさに排気をする。怒りというよりは嫉妬か何かか。ワイプ越しに他のやつが見ることすら許容できないというのか。スタースクリームの目から見て、彼は過保護を通りすぎていると思えた。暇さえあればあの人間を触手に絡めて持ち運び、肩に乗せ、片時も離さない日も珍しくなくそれが敵わないほど忙しい時は常に監視の目を光らせ四六時中一秒たりともぬかること無く観察し続けている。恐らく今この時も、彼の胸に本来いるはずのレーザービークが彼女のそばにいるのだろう。その上あの人間を悲しませたくないのかなんなのかは知らないが、彼の情報収集能力をいかんなく発揮させてあの人間が喜びそうな物を次々と部屋に運び入れている。今スタースクリームに、人間とサウンドウェーブのどちらが気持ち悪いか、と質問したら答えに窮するに違いないほどスタースクリームはサウンドウェーブの行為に異常性を感じていた。
「大体、なんでオマエはアレに固執してんだよ?人間なんかこの星にうようよ鬱陶しいくらいにいるだろ!」
「……アノコハ……」
なんなら俺様が選んで他にも持ってきてやろうか、と続けようとしたスタースクリームの排気口が、ひゅ、と鳴った。スタースクリームは肩を、羽を揺らすほどに驚いた。突然足元が抜けるのでは、いやネメシスが突然爆発四散するのではないか。有り得ない発想が彼の思考回路を走った。今この場に起きたことはそれほどに有り得ないことだった。
サウンドウェーブは言葉を発しない。
星は引力を持ち、金属は固く、そして俺様は天才。それほどに、これは当然の事象だった。スタースクリームが自らのメモリをどれだけ漁ろうとも、彼が声を発したことがあったか無かったか、それだけの確証すら持てないのだ。その彼が、自らの声を発した。スタースクリームは神妙な面持ちで、言葉の続きを待った。彼の機体から伸びる触手は、先ほど叩きつけた画面を愛おしそうになぞっていた。
「……アノコカワイイ……ソレイガイミナクズバカリ……」
それだけを告げてぱったり、彼は沈黙した。
スタースクリームは固まっていた。あの人間だけはこの星で良いものだと、彼のまるで根拠も底も知れない審美眼と入れ込みように、スタースクリームは機体温が下がる思いをした。
研究観察用にさらってきたのなら、どうせすぐに飽きるだろうと思っていた。しかしなんという執着か。
いつか嫌がらせにぶっ壊してやろうと思っていた。しかしそんなことをすればぶっ壊されるのは自分だ。
聡い彼が察するには余りある威圧感を、眼前の紫の機体は放っていた。怯えに近い感覚が彼を支配していた。
聴覚センサーが狂いそうなほど静かなメインルームには、ただただ人間の嗚咽だけが小さく流れていた。
(151207)
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