愛と云ふもの

「告白されちゃった、大学で」
「そーかよ」
 自分から話を振ったくせに、空劫くんの返事にびっくりしてしまった。バンジージャンプでぶつりと紐が切れたような気分になった。
 だって、空劫くんってば、私がどきどきばくばくと緊張しながら報告したのに、なんでもないことみたいな声なんだもん。しかもいつも通り掃除サボって縁側に座って、本堂の座敷から声をかける私に背中を向けたまんまだし、その膝の上の野良猫もくつろいだまんまだし……せめてこっち振り向くとか、体を揺らして反応するとか、そういうの無いの? ……残念だけど、無いんだなあ。
 ちょっとだけ予想はしてたけど、やっぱり空劫くんにとって私に恋人ができるって言ってもどうでもいいことなんだ。別に、大袈裟にびっくりしたり、寂しそうにしたり、やきもちを焼いて欲しいだなんて言わないけど、幼馴染でずっと一緒にいたんだから、少しくらいそういう情をみせてくれたっていいと思わない!? 少なくとも、私が空劫くんにこんなこと言われたらびっくりするし、寂しいって思うし、幼馴染としてやきもちだって焼く。
 告白してくれたのは、よく噂話に上がる人気の先輩だった。しかも身長も高い。子供の頃からずっと空劫くんと一緒にいたせいで悲しいことに今まで恋愛沙汰なんて無かったからものすごくテンパってしまった。とてもその場で答えられないから返事は保留ってことにして逃げるように帰ってきちゃったけど、それなりに嬉しかったし、空劫くんはどんな反応するかなあなんて浮かれてもいた。その気持ちが急激にしぼんでいく。心臓もすっかりおとなしくなっちゃった。反応のない相手にこれ以上一人相撲していても虚しいだけだし、もう帰ろうかな。
「遊びたきゃ、今のうちにめいいっぱい楽しんどけよ」
 丁度踵を返した時、空劫くんの声が飛んできた。相変わらずいつもお喋りする時とおんなじ雰囲気だし、私が振り向いても空劫くんは背中向けたまんまだ。くやしい。
 それよりも、言葉の意味が分からない。空劫くんに言われなくったって、私は私で勝手に遊ぶもん。スマートな先輩と恋人とになってキャンパスライフを謳歌してやる。
 そんな感じの憎まれ口を叩いてやろうとしたけど、空劫くんの方が先だった。
「拙僧はそれくらいじゃ狼狽えねえよ。どうせ最後にゃは拙僧のもとへ嫁ぐことになってんだからなァ」
「え、え……なに、それ」
「それまでは好きにすりゃーいい」
「なにそれ……」
 びっくりした。ガクンと蜘蛛の糸に引っかかって引き上げられるような気分になった。心臓がまたばくばくどきどきと暴れ始める。なにそれ。だってそれ、空劫くんが言ったことって、だって、それ……プロポーズじゃん。好きとかそういうこと言われたこともそんな雰囲気だって一個も見せたことないのに。なにそれ。
 頭がぐるぐるする。喉が張りついちゃって、声がつっかえる。
「そ、んなこと、だれが、いつきめたの」
「んなの、拙僧がてめえに初めて会った時に決まってんだろ」
「決まってんだろ、って……だって、それじゃ10年以上前からじゃん」
「だぁから、そうだっつってんだろ」
「じゃあ、じゃあ……!」
 じゃあの後に言いたいこと聞きたいことがいっぱいあって、言葉が詰まってしまった。
 それに、何を聞いても結局は、私が空劫くんのものだからと、やっぱりなんでもないことのように答えられてしまうような気がしてしまう。私ばっかり狼狽えている中で、説法のように空劫くんの言葉は澱みもためらいもない。
「拙僧は以外要らねえが、それを押し付けるつもりはねえ。人間、それぞれ見えてるモンも違けりゃ感じるモンも違えからな」
 だからといって、好きな相手が他の人と付き合うのを許容できるもんなの?
 ……それって、“好き”って言うの?
 何か、もっと違うもんなんじゃないの?
 私が首を捻って唸るしかできないでいると、ヒャハハ、と空劫くん特有の悪そうな笑い声が風に乗ってきた。
「ま、そもそもてめえが拙僧以外の野郎相手に満足できるとは微塵も思っちゃいねえけどなァ!」
「なにそれ!」
 今日これしか言ってない気がする。でも、なんだか全部馬鹿らしくなってしまった。
「……帰る」
「おう」
 今度こそ、空劫くんと反対の方に爪先を向ける。またこいよー、にゃあん、なんていつも通りののんびりした挨拶が猫の鳴き声と一緒に聞こえた。
 ばか、ばか、ばか、ばかじゃないの! 彼氏ができたら、その“また”なんて1年とか2年とか、もしかしたらもっと先になるかもしれないでしょ!

 ***

 次の日、私が本堂に向かうとまた空劫くんは縁側で掃除をサボっていたし、膝の上には野良猫がいた。
「……断った」
「そーかよ」
 にゃあん、猫も空劫くんに続いてひとつ鳴いた。それから、驚いたようにぴょんと飛び降りてどこかへ言ってしまった。
 空劫くんが何もないお膝をぽんぽん叩くので、私は縁側に出た。隣に座ってそこに頭を乗っけると、空劫くんはお日様よりも金色に光る目をそっと細めた。


恋をとっくに通り越して愛 (230423)


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