たわむれのろけ

 空劫くんの耳、いつからこんなにピアスでいっぱいになってたんだっけ。痛くないのかな、そんなことを思いながら唇を寄せる。昔、まだ私も空劫くんも小さい頃、どんな悪戯をしようかって内緒話をした時みたいに。
「……空劫くん、すき」
 でも、私の羞恥に震える声を受け止めるものは何もなくって、畳に吸い込まれて消えちゃった。
 本堂はまた、しん、とした無音だけになってしまう。
 この間、流れでなんとなく幼馴染からいわゆる恋人同士って名前に関係が変わっても、空劫くんとの過ごし方はそう変わることはなかった。……いや、ちょっと、キスだとか、ああいうスキンシップというか、一緒に昼寝するやつのもっと深いそういうのとか、どうのこうのとかが増えたけど……基本は今日みたいに縁側で暇だな、暇だね、みたいにのんべんだらりとしていた。
「これから拙僧が心頭滅却するから、乱してみろ」
 そしたら、空劫くんが突然そう不敵に笑いながら本堂に戻って行っちゃった。
「30分だ。お前が言葉だけで拙僧を動揺させたら、ひとつだけなんでも言うことを聞いてやる」
 私がパタパタと後を追いながら「なにそれ」って聞き返した時には、空劫くんはもう座禅を組んで目を閉じて、仏像みたいになっていた。
 空劫くんってば、昔っからいっつもこう! なんでも急で、勝手なんだから! ……まあ、いっつもそれにおとなしく引き摺り回されたり、自分からついて行ったりしてた私も私なんだけど。結局、空劫くん的に言えば、私が自分で空劫くんに振り回されることを選んでいるってことなんだろうな。なんだそれ。
 まあ、ここ最近空劫くんの無茶振りは四十物くんや天国先生に矛先が向いていることが多かったから、ちょっとだけ懐かしいと思わなくも、ない。
 私はおとなしくスマホのアラームを設定して、それから10分くらいかけて名前を呼んだりここ数日の面白かったことを話してみた。でも、空劫くんってば、本当に微動だにしない。空劫くんが普段は滅茶苦茶やりながらも本質ではしっかり僧侶であることは勿論知っているんだけど……なんだかんだで反応が無いと、寂しい。
 だから、ちょっと恥ずかしいけど勇気を出して「これならどうだ!」と思って囁いたのに……なーんにも変わらない。
 もしかして一瞬で人形に入れ替わったりしてないかなってズルを疑ったけど、本堂に通るそよ風と一緒に、空劫くんの穏やかで乱れのない呼吸の音がするからちゃーんと本物らしい。
 ……いや、なんでよ! 空劫くん、私のことを一目惚れして10年以上経つって自分で言ってたのに、そんな女の子が、珍しく素直に“好き”って言ったんだよ! 眉毛とか瞼とか、ピクッと、ほんのちょっとくらい動いてくれてもいいじゃん。あ、段々ムカムカしてきた。絶対乱してやる。
 それから、普段は言わないけれど私が格好良いと思っているところをべた褒めしてみたり、逆にあんまり無いけど嫌なところを無理矢理大袈裟に言って挑発してみたのに、ことごとくあれもそれもなにひとつ効果は無かった。
 そうこうしているうちに、タイマーは残り5分を切った。やだやだ、これで負けても私に罰ゲームは何も無いけど、単純に悔しい。たまには私だって空劫くんに勝ちたい。
 じゃあ、どうする。どうしよう。うんうん唸って頭を捻って、無理矢理搾り出そうとがんばってみる。普段の空劫くんのことは散々試してなしのつぶてだし、逆に珍しい空劫くんから何かないかな。うーん、ええと、例えば、私に触れる時とか? 普段の暴虐武人さが嘘みたいに凪いだ顔や、穏やかな声とか、そっと細められる目とか……いや、恥ずかしいな。私の方が動揺して変な汗が出てきた。
 あー、うん、そう、すっごい変な言い方だけど、空劫くんが私のこと好きなのは本当みたいなんだよね。まあ私も好きなんだけど……やっぱりここら辺がヒントにならないかな。でもなんだろう、その割に普段ちんちくりんとか揶揄うし、さっきもがんばったのに無反応だし……こうなったら女のプライドにかけて、この方向でなんとしても動揺させたい。
 とはいえ、私に色事らしい経験は空劫くんとくらいしか無いから、大したことは思いつかない。さっきは顔だけ近づけたけれど、とりあえず身体もギリギリまで空劫くんに寄せてみる。言葉だけでって言われたし、とでルール違反とか言われたらいやなので、触れそうで触れないくらい。ふわり、白檀の香り、空却くんのにおいがする。唇を空劫くんの耳元に寄せていく。うーん、ピアス、やっぱり重たそうだ。
 それで、こう、精一杯の“大人の女性”をイメージして、今度は最初にふう、と息を吹きかけてみる。
「ねえ、くーちゃん……だいすき」
 小さい頃の呼び方で、そっと囁いた。鼻にかかった、とびきりの甘い声。……えっ、いや、気持ち悪っ!? 私、口からこんな声出せたんだ……。
 私が自分で自分に鳥肌を立てると同時、スマホがブブブ、と震え出した。もう30分経っちゃったらしい。
 目の前の空劫くんがふうっ、とキレ良く息を吐く。あ、良かった、生きてた。私の負けかあ、とスマホをタップしてアラームを止める。
「うっわぁあぁあ!?」
 急に、世界がぐらりと揺れた。
 なに、なに、なに! なんで空劫くん、突然私を抱き上げたの!? 今さっき座禅組んでたのに、一瞬で何その身のこなし!? あと俵担ぎやめて!
 ぎゃあぎゃあ悲鳴をあげる私を無視して、空劫くんはズンズンと迷いなく足を動かして廊下を進んでいく。見覚えのありすぎる道のり。そうして荒っぽく連れ込まれたのは、見慣れきった空劫くんの部屋だった。
 空劫くんは、私を肩に担いだまま器用にもう一方の手で押し入れからポイポイと布団を放り投げて、最後その上に私をぼすんと落とした。そんなに痛くはないけど「いたい! もーなんなの!」って騒いでいるうちに、さらにその上に空劫くんがのしかかってくる。
 重いって押し除けようとした私の手をペイッと跳ね除けて、ほとんど真顔の空劫くんがようやく口を開いた。
「うし、ヤるか」
「嘘じゃん煩悩いっぱいじゃん!!」
「あ? 何が嘘だ。煩悩をはらうなんて拙僧はひとつも言ってねえだろうが」
「へ、屁理屈~!」
「屁理屈も理屈なりってな」
 私が唇を尖らせて抗議している間に、空劫くんはさっさと自分のパーカーを放り投げて、さらにするすると私の身包みを剥いでいく。ブラジャーのホックもいつの間にか外されている。無駄に器用!
 必死に下着の裾を抑えていると、空劫くんは少し怒ったような声で呟いた。
「つーか、お前が悪ィんだろうが」
「悪いのは、」
「チッ……、……ことばっか言いやがってよ……」
 悪いのはいきなり変な勝負始めた空劫くんでしょ、と反論しようとしたら、空劫くんの小さい舌打ちに遮られてしまった。
 えっ、今、空劫くん……“かわいいこと”って言った……!?
 もしかして幻聴? 私がそう混乱して固まった隙をついて、空劫くんの手がするっと入りこみ素肌をくすぐってきた。
「特に最後のやつ……てめえ、どこであんな煽り方覚えてきやがった」
「ちょ、え、どこって……煽りって……」
「ま、なんでもいいかァ。……今からたっぷり聞かせてもらうんだからよ」
「なにそ……れ……」
 空劫くんの顔を見上げると、金色の目がぎらぎらと光って私を見下ろしていた。それとバチリと合ってしまうと、にやり、本人曰く仏も羨むその相貌が歪んでいく。
「えっ本当にするのまだ昼間、あッ!」
「お、ちょっと出たな」
「ばか! この生臭坊主!」


続きって程じゃないけれど、一応一個前の「愛と云ふもの」のふたりのつもりだったりする (230506)


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