ヒプアニカフェの吸血鬼衣装ネタ
促されるがままに入間がくるりと回ってみせれば、彼の黒いマントはの歓声を纏いながらひらりと舞った。
「おおー……! すっごい、銃兎くん、よく似合うね!?」
「そうですか?」
宵闇のように黒いマントに手袋、煌びやかな金の刺繍の入ったベストに加え首からはひらひらとジャボの襟までぶら下がっている。普段は細身のスーツに赤い手袋をつけ、黒いネクタイを締めているはずの入間は、まるで御伽話の貴族のような服装に身を包んでいた。
数日前、突如中王区から【DRB決勝進出経験チームの、中王区向けのハロウィン期間用宣材写真を撮影する】という通達と共に、この衣装が送りつけられてきたのである。そしてMAD TRIGGER CREWに割り当てられた仮装のテーマこそ、入間の扮している“吸血鬼”なのであった。
「うん! 銃兎くん、様になってる!」
「……まあ、そうでしょう、確かにこういったフォーマルな雰囲気の衣装は、私が一番適任でしょうからねぇ」
寸法の確認の為にと書類と衣装一式が送りつけられてきた左馬刻の事務所で「なんで俺が中王区のためにこんなことを」だの「いい歳してコスプレなんかしてられるか」だの「クソボケが」だのと地獄の悪鬼のような顔で散々悪態をついていたのが嘘のように、入間は自身を褒めちぎり喜びはしゃぐ恋人を目の前にして清々しいほどのドヤ顔を見せていた。
「あっ、もしかしてそれ牙!?」
「ええ。おかげで、少々話しにくいですが」
懐いた犬のように入間の周りをうろちょろしマントをめくっては裏地が青いと喜び衣装を撫でては生地や縫製の良さに感心していたが、相槌を打つ入間を見上げるとまた一層顔を輝かせた。
「はあー流石国家事業……凝ってる……すごい、銃兎くんカッコイイよ……!」
入間としては何がそこまで琴線をくすぐるものかは分からないが、がここまで目を輝かせてはしゃいでいるところを見るに、そこに住む全員が女性である地区向けの宣材だというそのセンスは正しいのだろう。この可愛らしい恋人の姿が見られただけ、その一点においてだけだが、入間はこのふざけた企画に感謝してもいいかもしれないと揺らぐのだった。
「あの、牙、触ってみてもいいかな……?」
「……ええ、もちろん」
「やった、ありがとう! ……えっ」
無邪気に伸ばされた手を掴んで引き寄せれば、無警戒なはいとも容易く目の前の胸元へと収まってしまった。そのまま入間はマントで覆い隠すように彼女の背に腕を回す。
「銃兎く、ッ痛った!?」
「おや、結構優しくしたつもりでしたが」
の悲鳴が部屋に響くが、対して入間は軽い調子である。
もぞもぞと黒い帷の中で身をよじろうとする彼女を逃さず、入間はまた先ほどの再演をしようと身を屈めた。
「ではこれは?」
そうして開けた口を寄せる先は、白く尖る牙を突き立てる先は、愛しい女の首元。
「な、なに!? どうしっ、チクッとする!」
「そうですか、すみません」
「……ぎゃっ!?」
「相変わらず、色気の無い悲鳴ですねえ」
可哀想な噛み跡に全く謝る気のないお詫びとばかりに舌を這わせれば、腕の中の彼女はびくりと跳ねて入間を楽しませた。
「銃兎く、っひぃ……うわ、いっ、わ、わああ……!?」
歯を立てれば、舐めれば、甘噛みをすれば、口付ければ、吸い付けば……入間がひたすらに執拗に繰り返し首へと与える口淫に、は身を強張らせ、震えさせ、悶えさせた。入間の耳元で、彼女の悲鳴は分かりやすく混乱を深めていく。
“食事”を模してじゅくじゅくとわざとらしく立てられる水音は獲物を耳から一層惑わせ、その口から出る悲鳴が吸血鬼を一層喜ばせた。
は首を振って抵抗しようとしてきたが、黒い指先で下頬や顎を捕らえてやると叶わないと悟ってか、男の手もとい口が滑って牙が刺さるのを恐れてか、ぶるぶると震えながらも大人しく彼の手の内に収まった。
「……もっ、もう終わり! はいっ終わり!!」
ドッ、というほどの力はないが、入間の見える範囲だけでも色が変わり切ってしまった彼女が胸を押して鼻声を上げた。入間が若干の惜しさを感じつつも、恋人の泣きそうな声に力を緩めてやると、はそのまま少し離れたテーブルまでバタバタと逃げて行く。
そのまま対角でしゃがみ込み、今や警戒心をむき出しでこちらを伺うその子猫のような姿に、入間はくつくつと堪えられず肩と声を振るわせながら問いかけた。
「それで? 吸血鬼の牙にかかる気分は味わえましたか」
「十分!です!!」
「おやおや、血を吸われたにしては随分血色が良くなってしまいましたねえ」
「っ銃兎くんのばか! 意地悪! 夕飯にんにくいっぱい使ってやるから!!」
「ああ、それならイタリアンでお願いします。気分も良いですし……とっておきの赤ワインでも開けましょうか」
(20230925)
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