「……さいあくだと、おもって」
ローテーブルのぎらつく金メッキの灰皿に煙草を押し付け、入間銃兎は剥げかけた黒いフェイクレザーのソファから腰を上げる。そこから数歩で辿り着くベッドの遠い方の端に、情事を終えた時から変わらず背中を向けたままの女が横たわっていた。は蓑虫のようにシーツを体に巻き付け、まるで子供のようにあからさまに不貞腐れた態度だった。そんな彼女になにか気に食わないことがあったのかと問う彼に対し、投げやりに返ってきたのが先の言葉だった。
隠すことなくくすくすと笑うと、入間はベッドに腰を下ろして女の髪をすくう。
「最悪、ですか?」
「あたりまえでしょ」
ふたりは決して“良い仲”ではない。警察学校の頃から、そして無事警察官になって以降も現在も変わらない。顔を合わせれば突っかかっていく女とそれを嫌味ったらしくあしらう男の様子を見れば、周りの人間に彼らの不仲を疑う者はなかった。
「さいあくだよ」
アルコールと散々鳴かされたせいで枯れた声がぼやく。
そんな不仲なはずのふたりがどういうわけか、酒の席で仕事について侃侃諤諤と熱く言葉を交わし合ううちに一次会、二次会、三次会……気付けば周囲はとっくに解散しており、また帰る足もなく……気付けばどちらからともなくもつれ込むようにネオンのぎらつく建物に雪崩れ込んでいた。
「おやおや、それは気が付かずすみませんでした。さん、つい先程まであんなに甘い声を聴かせてくれていたものですから」
「うるさい」
男の手と言葉を鬱陶しがるように頭が動いた。汗でしっとりとした髪の毛がするりと逃げていく
「いるまくんにだかれるつもりなんて、なかったのに」
ぽつりとこぼされたのはきつい拒絶にも聞こえる言葉だったが、入間はまるで意に介さずの後ろ頭に手櫛を通していく。
「ちなみに、私は最高の気分ですよ」
「……せいかくわる。しってたけど」
「何故です? 好きな女性を抱けたんですから、男としては喜んで当然でしょう」
入間の言葉を反芻するかのように数拍の静寂。それから、はがばりと身を起こした。
スプリングの揺れにわざとらしく驚く振りをする入間に、この上なく目を丸く見開いたが絞り出すように呟く。
「わたし、いま、すっごいききまちがい、したかも」
「そうですか? ならもう一度言いましょうか」
「いい、いい、いらない」
近づいてくる男を跳ね除けようと、は慌てて腕を伸ばす。しかし、入間はいとも容易くその手首を取って、あまつさえ優しく口付けてみせた。
「私は、さんのことが好きでしたよ。ずっとね」
初めて名前で呼ばれ、さらに「本当に気が付きませんでした?」と言葉を繋げられて、はぐう、と唸り声を返す他なかった。
「……そんなはずない、だってずっと」
「犬猿の仲だと思っていたのは、あなたの方だけですよ」
驚き固まったまま、の顔色は赤くなったり青くなったり変わっていく。今までの彼とのやりとりが勢いよく頭の中を駆け巡っていた。8割が口喧嘩のつもりのやりとり。自分には一切、そんな甘酸っぱい記憶が見当たらないのに、この男には違ったのか? 言葉を失うの代わりに、入間が苦笑と共に続ける。
「そんなに信じられませんか? ずっと隣で、同じ熱量を持って努力する姿を見続けてきて、好ましく思わない理由もないでしょう。それに、私に対して能天気にいつも突っかかってくる女性、いや人間もあなたくらいです」
中途半端な体勢で静止している彼女を、そっと撫でる。頭から、耳の後ろをくすぐり、頬を包む。はまったくの無抵抗だった。入間銃兎が自分に好意を持っていた、という情報がそれほど彼女にとって処理しきれない衝撃なのだろう。
入間は思わず、といったふうに笑みを溢した。長年自分と渡り合い成績を残しているほどに頭の良い彼女が、こと恋愛となるとまるで鈍い様子が可笑しかった。
「……か、かんがえさせて」
「構いませんが、知っての通り私は気が長い方ではありませんので」
入間は一度言葉を切り、額にキスを落とす。それからシーツごと彼女の体に腕を回した。
「あんまりに遅いと、また強引な手を使ってしまうかもしれませんよ」
「……“また”?」
の疑問に答えることなく、入間はそのまま、彼女を抱き枕にベッドへ沈み込んだ。
事後のダラダラ話してる夢書くの好きすぎる(250429)
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