くすぐったい。
 腰のあたりが、こしょこしょする。
 けれど、身じろぎどころか、もう指の一本も動かしたくない。つかれた。のどもかわいた。
 ……銃兎の愛情は、時々とんでもなくねちっこい。
 しばらく予定が合わなかった後の夜なんか、だいたい、こう。それで、銃兎はいっつも元気になる。私のエネルギーを吸い取っているのかと思うくらい。私を貪っている、とまでは言わないけど。いや、言うかも。今回は。だって、完膚なきってこういうことを言うんだ……ってくらい、私の身体で愛されなかった部分が思いつかない。いま何時? わからない。つかれた。
 ていうか、くすぐったい。さっきからずっと、銃兎が私の腰周りを撫で続けている。でも、ただなぞっている、って感じじゃない。
「ここに……」
 ぼそり、と銃兎が呟いた。落ち着いた……いや、いっそ重たい声色だ。いつも私をいじめぬいた後の、満足気でツヤとハリのあるイキイキとした雰囲気とは違う。動かせない体の代わりに、耳だけ傾ける。
 彼の爪は、私の腰骨を改め続けている。何してるのか全然分からないけど、明らかになにか意図がありそうな動きをしていることだけはなんとなく伝わってくる。
「……私の名前でも刻みましょうか」
「…………え、ぇ〜……?」
 乾燥して張り付く喉を開きながらとりあえずリアクションを返す。他に返す言葉が浮かばないのもある。
 頑張って目も向けてみると、崩れた前髪と眼鏡の隙間から見える目は、とても真面目な様子だった。恋人の欲目も多分に含んで、とても綺麗な横顔だ。そして、いつものからかいのある笑みは、そこに少しも浮かんではいない。
「ふふ、冗談ですよ」
 ぜんぜん、笑ってないんだよなあ。
 それからも銃兎の指は、ずっと、私の腰周りに文字を書き続けていた。

 ***

 銃兎が呆れ全開のとっても大きなため息をついた。
「冗談だと言ったでしょう? あなたに刺青を入れようだなんてまさか……」
 言葉を区切って、ハア、ともうひと息吐かれてしまった。
 この間あんなこと言ってたけど、とふと雑談にあげてみたら、これである。まあ、私だって本気にしていたわけじゃないし……と思いつつ、やっぱりそうだよね、と相槌を打とうとしたらタイミング悪く銃兎の次の言葉の方が早かった。
「この私が……あなたをわざわざ他人の目に晒すようなこと、するわけがないでしょ」
「……ごめん、どういうこと?」
「当然、あなたの肌を見た人間が増えるのが我慢ならない、というそのままの意味ですが? たとえ、相手が彫り師だろうがなんだろうとな」
 お話にならないとでも言いたげな顔をしながら、銃兎の利き手が私の耳たぶに延ばされる。大事そうに触れてくれたそこには、銃兎のくれたイヤリングが揺れている。
「それに、私はあなたに傷が付くのも好みません」
 付き合ってすぐくらいの頃、ピアスはやめてくれと頼まれたっけ。「耳につけるんだからどっちも同じじゃないの?」って聞いたら薄く口角を上げられただけで終わったけれど……なるほどなあ……? いや、分かるような分からないような。
 私が銃兎の言葉を咀嚼している間に、赤い手は私の肩に触れ、そのまま背中を撫で下りていった。
 ぴたり、と手が止まる。銃兎の指先が、私の腰にそっと沈んだ。いや、また人差し指の爪先が、手袋が服に引っ掛かりながらその場でもぞもぞと遊び始める。
「ですから、これは最終手段です。まったく、私にそうさせないでくださいね。いいですか、頼みますよ?」
 空いている右手が、やれやれと眼鏡を抑えている。なんか、まるで私がどうしようもない子供みたいだ。いつもなにかやらかしていて、これからもそうすることが確定している雰囲気を醸し出しているけど、とっても心外だ。だいたい人の身体に名前を書く決意をするってどういう状況と心境なの?
「まあ、持ち物には記名を、とよく言いますからねえ……あなたの振る舞い次第では、私もやぶさかではないんですが」
 ……なるほどなあ、私って人じゃなくて銃兎のものだったんだ……?
 別にオブラートに包むことなく思ったことをそのまんま口にしたら、「そうですよ、知らなかったんですか」なんて、冗談めかしつつ、フッと気取るように返されてしまった。
 うーん、ぜんぜん、笑ってないんだよなあ。
 墨こそ入らないが、ずっとこしょこしょと私の腰骨に彼の名前を刻まれ続けながら、私はとりあえずため息で話題を流した。
 くすぐったい。


愛が重ため(20250413)

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