えっちな下着

 銃兎くんの唇が離れていく。
 銃兎くんの与えてくれるそっと啄むような軽いキスが深いものに変わっていくのを、ぎゅうと目を瞑りながら感じるのがいつも始まりの合図だ。
 最近やっと少しずつ恥ずかしさだとか銃兎くんの上手さだとかに慣れてきたのに、今日の彼は舌で口内を少しつついてすぐに出ていってしまった。
 普段は、意地悪に楽しそうに口角を上げて追い込んできて、酸欠でくらくらの私をそっと横たえるまでは絶対にやめてくれないのに。
 濡れた唇がやたらすうすうとして感じるのは、やけにあっさりと終えた寂しさのせいかもしれない。
 私を逃さないように頭に添えられていた彼の手も緩やかに離れていって、いよいよ私に触れる銃兎くんは背中に添えられた手一つになってしまった。
 恐る恐る瞼を開くと、思ったよりも近く唇を離しただけの距離でグリーンの瞳がじいっと覗き込んでいた。びっくりしてそのまま瞼をいっぱいに開いていると、銃兎くんは少し不思議そうに眉を顰めてから、優しく口を開いた。

「……したくないなら、そう言ってください。別に、怒ったりしませんから」
「エッ!?」

 至近距離の私の叫びで、今度は銃兎くんにびっくりさせてしまった。いや、だって、したくないとかそんなことないし……なにせお互い仕事の都合がなかなか合わなくって、こうして夜にゆっくり時間が取れるのも3週間ぶりだ。むしろ期待していた節さえある。ベッドに座るまでに、心とかの準備もしてきた。
 慌てて首を振るけれど、再び持ち上がった彼の手は、聞き分けのない子供を宥めるように私の髪をそろりそろりと梳き始めてしまった。

「でもさん、ずっとそわそわしていますよ。何か、気掛かりでも?」
「気掛か……アッイヤ! ゼンゼン、ダイジョブ!」
「カタコトじゃないですか」
「ホント、ホント!」

 眼鏡を直してため息を吐いた銃兎くんは、頭を撫でる手を下げて、私の唇をつついた。

「まあ……あなたが嫌じゃなければ良いんですが。でも、何かあればすぐに言ってください。なるべくあなたの嫌がることはしたくないんですよ」
「ウ、ウン」

 私がぎこちなく頷いていると、また銃兎くんの唇が落とされた。でも、そっと触れるだけの軽いものだけだし、まだベッドサイドに腰掛けたままだ。
 もしかして、私が「嫌だ」と言えるようにかな。律儀というかなんというか……いつもは隙あらば私のことを嬉々として揶揄うのに、こういうところは真摯で優しい。
 気合を入れてきた私としては、少し寂しいけれど、かと言って銃兎くんを上手く説得する方法もわからない。
 口付けを甘受しながらそんなことを考えているうちに、彼の手が脇腹に下がり、裾に触れて……つい、体を硬くしてしまった。
 銃兎くんの手が止まる。嫌がっているわけじゃないと私が小さく頷くと、彼は訝しげにしながらも、するりとその手を服の下に潜り込ませた。

「……なんだ?」

 独り言を落とす銃兎くんの手が触れたのは──つまり私の下着になるんだけど多分その感触は──いわゆる普通のキャミソールの布ではなかったはずだ。
 それを辿って、銃兎くんの手が私のパジャマの裾を持ち上げていく。

「……」
「……」
「……は?」

 じっとりと全身に冷や汗が浮くのを感じる。
 すっかりパジャマの上着を脱がせた銃兎くんが、私の身体をまじまじと見下ろしている。
 あのいつも気取っている彼が、目をまんまるに、口を半開きに……絵に描いたようなぽかんとした顔で固まってしまった。……い、居た堪れない。

さん」

 銃兎くんの掌が、テロテロと滑る肌触りを確かめるように、私の身体を包むそれを撫でる。
 つつ……肩紐へと到達した銃兎くんの指が、それを掬う。

「あなた、これ、ご自分で選んだんですか?」

 これ。私がパジャマの下に身につけているもの。
 ティッシュの方が防御力が高いんじゃと錯覚するほど薄いレース地の黒いベビードールに、肝心の胸を覆う部分が一切無いもはやブラジャーという概念に当てはまるのか謎のただの赤い紐。

「う、うん……銃兎くん、喜んでくれるかなー、って、思って……」
「へぇ……私が、ね……」

 ぺちん。銃兎くんの指から、肩紐が滑り落ちた。
 それから、銃兎くんは黒いすけすけベビードールの上から、胸の先をちゅうと吸った。肩がはねる。でも銃兎くんは止めることなくもう片方の丸みも、ふにふにといつもと違う感触を楽しむように手のひらで弄んでいる。
 私もいつもの舌や指と違う感覚にもぞもぞと身を捩るけれど、彼の手はそのまま脇腹や背中をさらさらと撫で続ける。時々、体に巻き付いているだけの赤い紐も悪戯に弾いていく。
 ふう、とおもむろに息をかけられると、彼の口付けで少し湿ったそこがひやりと撫でられるようで、私はまたびくりと反応してしまった。 
 ……いつ、脱がすんだろう。私としては、出オチというか1発ネタというか、いつも余裕綽々の銃兎くんの意表がつけたらそれで満足だった。だから、もうこのただひたすらに恥ずかしすぎる格好は役目を果たしたのに、いつ脱がしてくれるんだろう。
 私がそう悶々しているのを読み取ったのか、銃兎くんの吐息が笑みに揺れた。

「折角ですからねえ……それに、私のために着てくれたんでしょう? このまま楽しませ、」
「んっ」
「……」
「……」
「……は?」

 思わず漏れた声と同時、いつの間にか下へ下へと降りていった銃兎くんの指がピタリと止まる。
 再びの沈黙と、硬直。
 そ、“そこ”で止まらないで欲しい……!
 内心慌てていると、銃兎くんにしては強引にパジャマのズボンを下ろされて……また、彼の指先が、そこに触れた。

「……穴、空いてんじゃねえか……」
「ハ、ハイ……アイテマスネ……」
さん」

 銃兎くんの指が、“穴”と言ったそこの形を確かめるように、私を本来隠しているはずの下着をなぞる。
 つつ……太ももの付け根まできた銃兎くんの指が、それを掬う。

「……おまえ、これ、自分で選んだのか……?」

 これ。オープンクロッチ、と呼ぶらしい丁度穴のところで穴の空いているというか裂けているというか、なんかそういう形の、もはや下着ですらない何か。

「ソウ、デス……銃兎クンニ喜ンデイタダ、あっ、ちょ……」

 私が羞恥に満ち満ちながら頷くや否や、改めて銃兎くんの人差し指と中指が、私の右脚と左脚の付け根を通るその心許無さすぎる布、いや紐を開いたり閉じたりし始めた。

「ねえさん、いつからこんな恥ずかしい格好を?」
「んっ、うぅ」

 耳に口付けるように、銃兎くんの言葉が笑うように吹き込まれる。

「まさか、私と会ってからずっとじゃないですよねえ」
「ちが、あっぅ、」

 入り口の浅いところを、銃兎くんの指がくちくちと遊ぶように動く。

「ほら、腰揺らしていないで答えてください」
「ん、さっきおふろ、ぁ、はいってから!」
「それからずっと? そうですか」

 なにやら満足そうに頷いて、銃兎くんは私の手を取った。

「……ひっ」

 すごい、張ってる……!
 そうして導かれた私の手の先は、銃兎くんの、当然穴は開いてないそこだった。薄い部屋着をぱんぱんに押し上げて主張する銃兎くんのそれに、驚いてというかもはや怯えて身体を揺らしてしまう。
 その揺れが私の手から伝わってしまったのか、彼の口から、はぁ、と湿った吐息が溢れて、私の耳を熱くなぞった。

「何を驚いているんです? あなたの狙い通りじゃないですか。私を喜ばせたかったんでしょう?」
「それは、そう、なんだけど、」
「あーそうそう、すみませんが取り消します、さっき言ったこと」

 怖気付いてもごもごとしていると、銃兎くんは全然謝るつもりもなさそうな笑顔を浮かべて、改めて両の手のひらで私の肩を背中をお腹をするすると撫でていく。

「嫌、と泣かれても、止まってやれそうにありません」
「や、やだぁ……」

 私の泣き言ごと食らいついて、やっと私をベッドに倒すその手つきだけは──そこまでは──いつもよりずっと、怖いほど優しかった。


***(おまけ・会話のみ)***


「ちなみに、どこで買ったんです? これ」
「し、シンジュクの、いかがわしいお店……仕事、帰りに」
「バカか!?
「私もお店入ってすぐ“ミスったなー”と思ったよ……!」
「いいか、二度とひとりで行くなよ」
「ハイ……次は無いけどあるならネットで」
「次は、私と一緒に行きましょうね」
「エッ!?」

 ・・・

「おや、伊弉冉さんに観音坂さん。どうも」
「君は……ヨコハマの入間くんじゃないか」
「こんなところで、奇遇ですね」
「ド、ドウモ……」
「こんばんは。こちらの子猫ちゃんは……ああ、もしかしてデートかい?」
「すすすすみません、お邪魔してしまって……!」
「いえいえ、ただの買い物ですから。ねえ」
「ウ、ウン……」
「買い物? こんな街じゃあろくな、いてっ!?」
「独歩くん。さて、それじゃあ僕たちはもう行くよ。今度は是非、僕のおすすめの居酒屋を紹介させてもらおうかな」
「おい一二三、引っ張るな! で、ではまた……」
「ええ、それでは」

 ・・・

「……銃兎くんの意地悪、いや性悪! し、信じられない、自分から声かける!? しかもあれ、伊弉冉さんの方完全に袋の中身理解してたよ! ……何笑ってるの!!」


(20230813)

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