Xのnovelmber 1. 奇蹟


 細く長い煙を吐ききって、入間は問いかけを鸚鵡返しにした。
「最近あった奇蹟……ですか」
「はい!」
 よく通る溌剌とした返事が狭い喫煙所に響く。彼女、は組織犯罪対策部に所属し、まだ新人めいた空気が抜けないが入間や他の人員の後輩として日々真面目に取り組んでいる女性警官である。
「最近、なんて言えるほど起きているものを奇蹟と呼んで良いものなんですかねえ」
「あっ、確かにそうですね」
 ちょっとした言伝を届けにきたついでの雑談で、特に深い意味は無かったのだろう。はあっけらかんと頷きつつも、実際昨日のテレビで見ただけのテーマだというそれを再度問いかけてきた。入間先輩は場数も踏んでるしある種ヨコハマのヒーローみたいなものだし何かあるのでは、という雑な期待に、男は気怠い紫煙を返す。
「……貴方は? 人に質問をするならまず自分から、と言うでしょう」
「え!? えーと、そうですね……あっ! 入間先輩と出会えたこと……とか、どうでしょう……?」
 自分が訊かれるとは微塵も考えていなかったようで、は普段の明朗快活な語り口を濁らせ、挙句最後は口ごもりながらも三流ドラマのような文句を入間に投げて寄越すのだった。
 対して入間はでれでれと頭をかく後輩の暴投をつまらなさそう一瞥すると、ほとんどフィルターだけになってしまった煙草を灰皿に放り込み踵を返しながら呆れて見せた。
「降格モノだな。もっと自信を持って言い切っていたら及第点をあげたんですが……罰則代わりに、後程面倒な書類仕事でも任せましょうか」
「えーっ! じゃあ先輩は……先輩、今逃げようとしてませんでした!? 私ちゃんと答えたのに!」
「聞く必要あります?」
 スーツの袖を捕まえた──他の人が見れば恐れ知らずの行動をとるに、入間はずいと顔を寄せた。
「勿論、あなたのような扱い易くて可愛らしい後輩がやってきたことですよ」
 本来の明朗快活さをそのまま写し取ったような入間の笑顔と声の調子に、の手がずり落ちる。それから、半開きになった口からは茫然と感嘆が零れた。
「すご……先輩、どうやったらそんなクサイ台詞を恥ずかしげもなく自信満々で言い切れるんですか……!?」
「てめえ……いえ、今後も組対でやっていくつもりなら貴方もこれくらいのハッタリはかませられるように成長して欲しいものですがねえ……。ほら、茶番はこれくらいにして仕事に戻りますよ」
「はい!」
「貴方へ振る仕事も"じっくりと"選んであげないと」
「あ、忘れてなかった……」


(20231105)

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