「じゅうとくんって、」

 ぷぁ、と気の抜けた呼吸音をひとつして、眼下の濡れた唇が男の名を口にした。
 口移しで飲ませた少量の水では不足なのかその力無く掠れた声からは、ねちっこく責め立てられた情事の余韻がありありと伺える。銃兎がコップを置いた手での体にシーツをかけ、それから額や頬にしっとりと張り付いたままの髪を避けてやれば、少し冷えた指先が心地良いのか女はうっとりと微睡むように目を細めた。

「私が、なんです?」

 銃兎が穏和に続きを促せば、はまだ整い切っていない呼吸でとろとろと溢した。

「せいじょうい、すきだよね」
「そう──」

 そうだろうか? 正常位……向かい合って抱き合うスタンダードな体勢ではあるが、改めて好きと言われるほどだろうか。銃兎が思い返すに、華奢でつるりとした背中、愛らしく丸みを帯びた肩、快楽に飲まれまいとして揺れる首、乱れた髪の隙間から覗く白い頸に真っ赤な耳……後ろから好きに責め立てられる後背位も悪くはない。
 しかし否定を紡ごうとしたところで銃兎は、はた、と考え直した。その口角はそっと上を向いてゆく。

「──かもしれませんね」

 そうして、改めて覆い被さるようにして恋人の頬を撫でた。その手つきは先ほどと同じ、否、それよりもずっと柔らかい。しかし銃兎の口元の笑みを見て日頃のなんらかが想起されたのか、は億劫そうに眉根を寄せ怪訝を表した。

「だって、あなたの顔がよく見えるでしょう?」

 皺を伸ばすように銃兎の親指は眉間を撫で、それからそっと両手で顔を包むようにして目尻を愛おしげになぞる。

「意地っ張りなあなたが私の手で蕩けていく様……可愛らしいですよ、とっても」

 くつくつと揶揄いを隠そうともせずそう囁く銃兎に向けては文句を吐こうと口を開くが、すかさず男は自分のそれで塞いでしまった。ついでにと言わんばかりに舌まで捩じ込まれてはもはや抵抗する気力も体力も残っていないのか、は観念したように絡まれるがまま舐られるがままに身を任せるのだった。

「キスもしやすくて、好きですよ」
「……私からだって、銃兎くんの余裕の無い顔、見られるんだからね」
「おや、最中にそんな余裕があったんですか?」

 男の言葉に、煽り返してやろうと笑みを作ったの気勢がさっと青褪める。ごちゃごちゃ言いたげな唇をまた塞ぎ、有無を言わさず男は自分で被せたばかりのシーツを剥ぎ取った。


(240328)


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