入間の先輩夢主。恋愛なし。


「あれ、入間くん」
「どうも。別件で近くに寄りましたので、先輩にご挨拶をと」

 綺麗なスーツの男が、古びた署の一角にひょっこりと姿を現した。
 私はファイリングの手を止めて出迎える。東都でも外れのこんな小さな警察署ではインスタントコーヒーくらいしかないけれど、我慢してもらおう。彼はいつも急に来る。

「まったく、最初にたった3ヶ月ついてただけなのに。入間くんは本当に律儀だねえ」
「ご謙遜を。私にとっては、大事な先輩ですよ」

 湯気の向こうで、入間くんが笑う。その表情や声は昔と同じ……とは言えないか。
 入間くんは、かつてシンジュク署で私が教えた新人だった。頭の回転が早く、努力を惜しまない。何より、彼は自分の中に確かな正義を持ち合わせいた。そんな熱量のある新人に仕事を教えるのは、私にとっても良い経験だった。

「先輩にとって私もそうなら嬉しいんですがねえ。ほら、私ほど出来た後輩もいないでしょう?」
「はあ……たった1、2年で、すっかり可愛くなくなっちゃって……」

 私がシンジュク署を離れることになり、あの可愛い後輩は当時の同僚に引き継いだ。彼もまた正義漢で、真面目で、性別が同じなこともあり、悔しいがあの後輩とは特別相性が良いように思えた。
 そんな元同僚の“末路”を私が耳にしたのは……彼が亡くなってしばらく後のことだった。

「おやおや。こうして先輩を慕い、顔を見にきているのは十分な可愛げでは?」

 中王区の命で地方を駆け回っていたとはいえ、恐らくひどく傷付いただろう後輩のケアもできずにいたことは、未だに私に気後れをさせた。

「もし私が可愛くないとしたら、どう評価されるんです?」

 使い古したマグカップを置いて、向かいに座る入間くんを眺める。いつから制服を着るのをやめたのか、彼のためにあつらえたような……いや、きっとあれはフルオーダーだろう。生地が良い。それに、襟元に上品に光る金のカラーピン。眼鏡を直す手には、よく馴染んだ赤い革手袋。前に来た時に駐車場に停まっていたのは高級車だった。
 ──一体、真っ当な巡査や巡査部長のどこからその金を捻出できるのか。

「……あーあ、嫌味なほど気障な色男になっちゃったわね」
「様になっている、という褒め言葉と受け取っておきますね」

 ため息で返事をすると、入間くんは満足げに来客用のカップに口をつけた。DRBの中継で見知った顔を見て驚いたけれど、口振りも随分変わってしまった。
 ただひとつ変わらず確かなのは、今でも彼は自分のことを「先輩」だと思ってくれているということだけだろう。


 ***


「入間くん」

 適当な雑談やこの辺りの情報をいくつか交換した後、ではこれでと去り際の彼を呼んだ。
 振り返った入間くんは、真っ直ぐに私を見下ろした。昔私が指示する時と同じように。この緑の瞳が持つ光は変わっていない。少なくとも、私はそう信じている。

「私のことを、そんなに気にかけなくても“大丈夫”だからね」
「別に、ただ近くに……」
「だから、あんまり、悪いことしちゃダメだよ」

 心配というよりは、念押しに近い。せめて、私に庇える程度のものであって欲しい。数年前の心残りを晴らせるだけのものであって欲しい。そんな勝手な言葉だ。

「……敵いませんね、先輩には」

 入間くんは少し目を逸らして、赤い手袋で隠すように眼鏡のブリッジを抑えた。
 それから、にっこりと冗談のように笑顔を作って見せた。

「いえ……当然です、悪いことなんてしませんよ。だって私は警察官で、貴方の後輩ですからねえ」
「だといいけど」

 彼がどんな立場で闘っていようと、ただひとつ変わらず確かなのは、今でも私は彼のことを「後輩」だと思っているということだ。
 今度こそ去り際に「DRB応援してるよ、45rabbitくん」と声を掛けると、入間くんは少し気恥ずかしそうに会釈をした。


ステ観る前に先輩ネタ供養(250429)

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