ふと、銃兎くんが私の手を掬った。
「また噛みました?」
視線の先には、短くて先端がガタガタの、私の爪。昔っからの癖で、気がつくと口元に爪を運んでしまうのだ。
銃兎くんは責めるわけではなく、少し呆れるような微笑みを浮かべながら縁をなぞった。彼の赤い爪先が、ぎざぎざに時折引っかかりながら滑っていく。
「やっぱり、長い方が良いよね」
「どちらがと聞かれたら、もちろん綺麗にしているに越したことはありませんよ」
「銃兎くんのそういうハッキリ言ってくれるところ好きだよ」
「私もあなたのことが好きですよ。この小さい爪すら可愛らしいと感じる程度には」
銃兎くんは悪戯っぽく笑って私の爪に唇を落とした。
彼のこういう気取った言葉や仕草は、お世辞やわざとっぽくても、やっぱり嬉しいし、つい頬が熱くなってしまう。
でも、私自身もできることならこの悪癖を治したいと思うし、街中で綺麗な爪の人を見ると良いなあと羨む気持ちもある。
「……爪、塗ってみようかなあ」
我ながら安易だと思うけれど、と照れと恥ずかしさを誤魔化してへらりと笑ってみる。
「それなら、青なんてどうです?」
「マットリカラー?」
「それか……黒と赤なんかもおすすめですよ」
赤い手が、私の手を黒い胸元へと導いていく。
楽しげに、得意げに口角を上げる銃兎くんに釣られて、私もにやりと笑って返す。
「差し色は金、とか?」
「ああ、そうなると完璧だな」
「それでも噛んじゃったらどうしよ」
「おやおや、お仕置きも必要ですか? 欲しがりですねえ」
含み笑いと共に解放された私の手は重力に従って滑り落ちていく。オーダーメイドらしく生地も型も良い彼のスーツは、いつ撫でても手触りが良い。
銃兎くんの手はというと、おもむろに手袋を外して素肌を晒した。
休日か、夜しか見られない肌色の指。細長くって綺麗だなあ、なんてぼんやりと眺めていると、それはついと私に向けられた。
緩く伸ばされた中指と人差し指が、私の唇をつつく。反射的に口を閉じたけれど、銃兎くんはまるで意に介さず、他より柔い肉と肉を割り押し入ってきた。
「あなたが爪を噛んだら、その分だけ私もお揃いにしてもらいます」
カリ、彼の爪先が私の歯を引っ掻く。お揃い……同じ指の爪を噛めということらしい。
自分の爪を噛むことにかけてはもはやプロフェッショナルだけれど、人の爪となるとまた違う話だ。
「……ふぉれは、いひゃあにゃぁ」
返事をしようと口を開けば、彼の指先はずるりとさらに入り込んできた。細長いと思ったけれど、それでもやはり男の人の指だ。厚みも、節もある。ただでさえ圧迫感があるというのに、避ける舌にわざと当てるように、ぬるり、ぬるりと邪魔をしてくる。とっても喋りにくい。
阿呆みたいに開かされた口からこぼれそうになる唾液を、慌てて吸った。彼の指と唇の間で、空気を含んだはしたない水音がたつ。
それから、ごくり、私が嚥下するのと、彼の喉が鳴るのは同時だった。
(20230512)
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