厄介な案件に一区切りつき、久々に落ち着いた気分で煙草を吸っていた時のことだった。
「入間さん。これは仕事とか関係のない個人的なお願いなんですが」
 ひと気の無い喫煙所に、同じ班としてしばらく行動を共にしていた捜査一課の後輩が訪れた。お互いを労う形式ばった挨拶だけ交わすと、彼女はいつも仕事で報連相を行うのとなんら変わらない様子で話を切り出した。
「叶えるかどうかは別として聞くだけなら聞いてあげますよ」
 。同じ仕事をするのは初めてだったが、彼女は勤務態度もそれなりに真面目で、仕事についてもなかなかに使える駒という認識をしている。
 事後処理もほぼほぼ終え、明日明後日にはこの対策班も解散になるだろう。あちらから話を持ちかけてきてくれたことだし、最後にひとつ、使える借りを作っておいても良いかもしれない。丁度短くなった煙草を揉み消しながら彼女に向き直った。
「抱いていただけたりしませんか? あ、一度で良いので」
「……は?」 
 聞き間違いか、それとも俺が話の文脈を掴めていないのか。
 の突然の発言に崩れかけた笑顔と声色を取り繕う。
「失礼、今なんて?」
「ですから、セッ」
「Stop, stop, stop!」
 聞き間違いでも、俺の取り違えでも無かったらしい。直接的すぎる言い換えに、慌てて彼女の言葉を遮った。確かに今は喫煙所に誰もいないとはいえ、誰かが通りがかったり入ってきたらどうするつもりだ。
「……まさかクスリとかやってねえだろうな」
 思わず疑ったが、はやるわけないじゃないですかと唇を尖らせた。組織犯罪対策部と組む相手に、流石に失礼なことを聞いた。だが、そう疑われても仕方のないほど突拍子もなく常識もないお願い事だ。
 共に過ごす事は多かったが、こいつが俺に惚れている様子など、ひとつも無かった。一体、なんのつもりだ。俺が恨みを買っているどこかの上層部からの差金か? 俺の女気取りをしてぇやばい女か?
 しかしは、俺の疑いの眼に対して、やはりさして普段と変わらない様子で笑ったのだった。
「単純に、入間さんそういうの経験豊富で上手そうじゃないですか」
「……まあ、頭っからの否定はしませんが」
「なので、今もし彼女さんとかいないなら一度くらい相手をしてもらえないかなーと思い至りまして。どうですかね」
「正直、あなたのイメージとかけ離れすぎていて驚いていますが……いや、」
 人は見かけによらない。それはこの仕事をしていて嫌というほど思い知っている。そもそも自分だって表の顔と裏の顔を持ち合わせている。見た目で判断するような発言をするのはナンセンスだった。
 こいつだって、昼間は真面目な仕事人そして夜は節操のない遊び人だということは十分ありえる話だ。
 仮に誰かからの差金だとしても、逆手に取ってそいつの尻尾を掴んでやればいいだけだ。
「……良いですよ」
「本当ですか。ありがとうございます」
「こう直接的に求められることも、普通は、ありませんからねえ。あなたのように真面目を装っている人がどう乱れるのか知るのも、面白そうでしょう?」
「そうですね、私も興味があります」
 ツイと顎を掬うが、何か違う。の返答はどこかズレているし、その表情も期待に喜ぶものではあるが、どこか、そう、色気のない雰囲気のままだ。仕事の時はいつも受け答えは的確で、周囲もよく見えて空気も読めている人間だと思っていたが……。
 遠巻きに騒ぐ女たちと異なり、自分から誘いをかけてきたその勇気に免じてキスの一つでもくれてやろうと思ったその気勢を削がれてしまった。そっと手を離せば、は「では、入間さんの都合の良い日をご連絡ください」と頭を下げて出ていくのだった。


入間さんとそういうことをする導入を考えた
次ベッド入るので注意(20230721)

よかったなあとかあればポチッと→ ❤❤❤