ぬるいけど前戯描写あり注意


 そうして予定を合わせて迎えたとの夜は、細部に違和感を纏っていた。
 例えば、バーで氷が鳴ればマスターは次の酒を伺いにくる。灰皿がいっぱいになれば取り替える。遊び慣れた、それもこの俺を堂々と誘うほどの女にしては、はそんな“その場において当たり前の呼応”にあまりに疎すぎた。
 キスひとつとっても、俺から落とされる唇をただ待つばかりで、舌で唇を突けばおずおずと口を薄く開いて受け入れるが、のそれを俺が絡め取れても絡み合うことはない。ならばと引いてみても反応は無く、仕方なしに舌を吸うようにして導いてようやく気が付いたようにおっかなびっくりと差し入れてくるのだ。しかも、そうして入り込んできたは迷子のようにただ口内をぼんやりとうろうろするだけだ。くすぐったさすら感じない。
 単にキスがド下手クソなだけかと思いきや、ベッドに横たわらせて愛撫を初めてからの様子もおかしかった。
 自らの身体を滑る俺の手を、ぱっちりと開いた目でじっと追う。期待に輝くと言えば聞こえは良いが、快楽に溶ける様子は微塵も感じられない。ともすれば子供が交通教室でパトカーやトランシーバーを見るような目に近いだろう。それで、今は自身の胸の形が俺の手指の中で変わる様をただまじまじと眺めているのだ。
 好きなところ、好きな触れられ方を聞いてみても「入間さんの好きなようにしてください」と返ってくる。退屈なわけでも、乗り気でないわけでもないことは目を見れば分かるが、の心中が掴めない。
 一事が万事この調子だ。調子が狂う。先端を指先で捏ねてみても、さしてその表情は動かない。もしや感度が低いのかと指先で摘んで潰してみるが、それはそれで痛そうに顔を顰めるだけ。指を離して舐めてやっても、は何故か不思議そうに眉を下げるだけだった。
 なんなら、は触れる前に俺が手袋を外している時の方がまだ目に興奮がチラついていた。そうだ、服を脱がせる時からおかしかった。例えば身を寄せるとか脱がし合うだとか、お互いに気分を高めよう、雰囲気を作ろうという様子でもなく、ただ直立して俺にボタンを外されていく様をじっと見つめているだけだった。緊張しているのかと思ってそう問えば「ええ、まあ一応は」という返答だったし、恋人でもなく仕事上の付き合いしかない相手との行為だからそういうこともあるか、と流したが、自分から俺に抱かれたがる女としてこの淡白さは度し難い。
 あの日は俺に対してヤリ慣れてそうだと同等の言葉を吐いていたが、まさか俺は試されているのか?
「……どうですか?」
「あ、えー……くすぐったいです……?」
 わざと曖昧に尋ねてみれば、は目を右に一度、左に一度大きく泳がせてから愛想笑いを浮かべる始末だ。……別に、俺はくすぐっているわけじゃねえんだがな……。
 まずその返答が出ることも、おかしい。この質問を受け、言葉を選ぶ素振りを見せてからの"くすぐったい"は普通は出てこねえだろうが。背中や脇腹への愛撫に対しておどけながらということならばまだ理解できる。ただ今は明らかな性感帯に触れられているのだから、気を使うのであれば“気持ち良いです”とかのはずだ。
 初心を気取るならば分からなくもないが、そもそも自分からお願い事としてセックスを持ち出す女が今更そんなフリをするなど筋が通らない。それに胸に触れる限りからのそういった恥じらいは感じない。なんならキスの直前のほうがまだ強張りがあったし、深く口付けた直後の息切れと頬の紅潮などもうすっかりと鳴りを潜めている。
 ……ふざけんな、俺が下手クソみてえじゃねえか!
 笑顔は崩さずに、しかし内心舌打ちと悪態が止まらない。緊張させると、女の感度は下がるものだ。時々上がる奴もいるが、この図太い女はそのタイプじゃないだろう。ただでさえマグロのこの女がさらに手強くなるのは困る。
 この俺が時間を割いて抱くからには「誘って間違いだった」など期待はずれと侮られるのは癪だ。しかし自身からは俺の背に手を回すだとか、何かしら盛り上げる素振りのひとつも見せやしない。そして当然、ここまでの色気のない空気、ここまでの無反応を示されては俺自身も全く気が入らない。もはや俺の方が、に対して期待はずれだと落胆している。流石に女の裸を目にして触れていれば本能的に熱は寄るが、半勃ちにすら及ばない。俺は人形に興奮する趣味は無えんだよ!
 気分が乗らなければやめてもいいと努めてやんわりと言うだけ言ってみるが、返ってきたのは心底不思議そうな「え?」だった。本心から、何故俺からそんな言葉がでるのか分からないとでも言うような半開きの口。なんでもクソもねえだろうが!
 また募る苛立ちを飲み込んでいると、は何かに気付いたかのように突然俺の手をとった。
「は? ……ああ、さん、もう待ち切れないんですか?」
 そうして導かれた先は、彼女の胸から女性らしい柔らかい腹を通りすぎてさらにその下、彼女の下着だった。そういえば、服を脱がせた際にこの黒と赤の下着を「入間さんのスーツが浮かびまして」と気まずそうに呟いていたのは今のところ唯一の可愛げだった。そんなことを思い返し下着と太ももの付け根の境を指先でなぞる。
 愛撫もまともに感じた様子もなく性急に先に進めることへの嫌味を含ませれば、は覚悟を決めるように唾を飲み込んで頷いた。……多少恥じらう様子でも見られるかと期待したが、そんな気の重い会議に乗り込む前のような気合の入れ方をされても俺としては興奮を削がれるだけだ。
「……ンッ……」
 ため息を噛み殺しながら、半ば諦めの気分でクロッチを撫でると、ようやくの吐息に微かな色が滲んだ。もう少し往復させてみると、指先がわずかな膨らみに引っ掛かる度、彼女の息が乱れるのがわかった。何度か繰り返しているうちに、呼吸を求める彼女の口がわかりやすく開かれていく。
「触れますよ」
「はい……あッ……っ!」
 蚊の鳴くような返事を待って、そっと布地をずらす。先ほどまで掠めていた突起に改めて指を添えて軽くくるり、くるりと回せば、は動きに合わせてびくり、びくりと体を震わせた。
 これまでクソつまらなかった女の初めて見せたそれらしい反応に、ようやく俺も僅かながら高揚を感じ、軽いキスを幾度か落としながらの下着を取り払う。
 しかし濡れにくい体質なのか、それから秘唇を数度往復させてもようやく指先が僅かに滑りを帯びる程度だった。
「……力、抜いてください」
 ダメ元で指先を入り口に押し当てる。狭い。その上、固くてキツい。締め付けてくるのともまた違う。快楽を求めて指を飲み込むどころか、門前払いを食らっているかのようだ。
「うぁ……」
 押しては引き、また押しては内壁をくすぐり、引いてまた挿れてを繰り返してようやく第二関節まで埋まるが、の様子を伺えば驚くことにたったこれだけで目をきつくつぶっていた。感じるどころか、まるで苦痛に耐えているかのような眉間の皺にまた俺の苛立ちの波が返ってくる。
 クソがどうなってんだ、まさか俺のがここまでで十分収まる大きさだとでも思ってんのか!? ……いや流石にそんなわけはねえだろうが、とまたひとつ拭えない違和感が積み重なる。
「んっ、ふっ、んんっ……」
 どうしたもんかと、とりあえず埋めた指は緩やかに抜き挿しを繰り返しながらその上の芯を親指で適当に嬲ってみれば、また先程の用にはそちらの動きに合わせて肩を震わせ太ももを強張らせてくれた。
 なるほど、少なくともここで快感を得ることは理解できていて、とりあえずマグロではないらしい。だが、中の指の動きにはまるで反応がない。浅瀬をゆっくり動かしているからかもしれないが、かといって焦れて自分から良い所を求めて腰を揺らすようなこともない。
 そう、まるで、そもそもあると知らないかのように。
 ここまでの状況から、もはやにまとわりつく違和感の正体は俺の中で明確な形となっていた。
「ひとつ、確認なんですが」
 の瞼が恐る恐ると開いて、その目に俺を映すのを待つ。
 つぷ、と乾いた突っ張りを感じながら指を引き抜いた。出かける舌打ちを飲み込む。これで痛みでも感じて俺が慣れてねえとかがさつだなんて思われたらたまったもんじゃねえ。
 それから、いけしゃあしゃあと首を傾げてみせる女に、いよいよ持ってその大きな疑問をぶつけた。
さんあなた……男性経験は?」
「えー、実は、ほんの少」
「本当は?」
「……ありません」
 の観念したような返事に、どっと肩が重くなる心地がした。
 雰囲気の作り方が分からないのも、キスの応え方を知らないのも、胸で感じないのも、返答がずれているのも……全て、が初めてなのだとしたら合点が行く。快楽を感じる場所も探しようがない。なにせ、知らないのだから。
 くそ、悪くない女の誘いに乗り気軽に遊び借りを作るだけのつもりが、とんだハズレを引かされた。恥ずかしげもなく誘ってくる女がまるきりの未経験だなどと、普通予想できるか!
 生憎俺は、セックスの盛り上げ方も知らねえ、感じ方もわからねえ、好きでもねえ女にただ奉仕をして喜べるほど殊勝な性格はしていない。
 こめかみを抑えながら、ベッドサイドへ座りなおす。肺中の空気を吐き尽くすように、ここ最近無いくらいの深く重たい溜め息が口から出ていく。はというと、身体を起こしシーツを胸元に引き寄せながらも、粗相のばれた犬のような顔で俺の様子を伺っている。ああくそ、煙草が吸いてえ。
「す、すみませんでした……」
「色々と言いたいことはありますが……なぜ、わざわざあんな慣れているかのようなふりを?」
「初めてだと聞くと重く受け止められて断られるかなー、と」
 へら、と愛想笑いで誤魔化そうとするを横目で叱りつけてやれば、慌ててマットレスの上で居住まいを正した。
 シーツの端を指で捏ねながら、の弁解が続く。
「いえその、実は、自分今まで恋愛に興味を持ったことが無くてですね、ああいえ、それ自体は自分は別に構わないのですが」
「セックスには“興味があった”、と」
「はい」
 ようやく、の心中が僅かに掴めた。
 同じチームの中で見ていたこいつは、きちんと納得のいく理由やデータに基づいて進めていくタイプの人間だった。喫煙所でのお誘いで「興味があります」と言っていたが、なるほど言われてみればあの仕事ぶりは好奇心による貪欲さからか。いや、今重要なのはそこじゃない。要するに、俺は、変な女に引っ掛かっちまったというワケだ。
 俺がなんとかこの状況を飲み込んでいると、横のがつるりとした背中を見せた。
「誠に、申し訳ありませんでした。入間さんに嘘をついてしまって……」
「あぁ……もう、そこは良いです」
 別に良くはねえ。
 とりあえず、そういうプレイでもなくベッドの上で土下座されても困るので頭だけ上げさせる。
「逆に、あなたは良いんですか? 初めての相手が私になるわけですが」
「はあ、まあ……今後相手ができる予定もありませんし。先日お伝えした理由に付け加えるならば、折角見た目も良くて身元もはっきりしていてトラブルにはならなさそうな人が身近にいたからと言いますか、それで、一度くらい試すチャンスかなと思ってしまったと言いますか……」
「一度くらい試す、ねえ……」
 気まずさか、後ろめたさか……べらべらとよく喋る。つまり、ただのお試しで、しかも相手は別に誰でも良いってことだ。
 ハッ、と漏れ出た短い嘲笑にが肩を跳ねさせて口籠る。この女、この俺を騙そうとしただけでなく、そもそも“妥協”で使おうとは随分舐めた話じゃねえか。
「……良いですよ。続き、しましょうか」
「いいんですか?」
「ただし、この嘘はひとつ貸しです。フフ……安心してください、折角ですから十分に教え込んであげますよ」
 もはやこれは遊びでも、奉仕でもねえ。
 これから、"俺で良い"ではなく、“俺が良い”と思わせてやる。
「一度だけで満足できると良いですねえ……いえ、なんでもありませんよ」
 ツイと顎を掬えば、今度こそはそっと目を閉じてキスを受け入れる素振りを見せた。


まだ続きます。良いタイトルが浮かばない。(20230723)

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