・思い付きのご都合主義オメガバ
・女αも男Ωも一般的なそれぞれの性器で機能します
・現状がっつりとしたエロシーンの予定はないです。ラブコメみたいなやつです。
私は子供の時分から、とにかくつまらないミスやドジ、些細な怪我の多い人生を歩んできた。
そのおかげで私は第二の性を明かすまでもなく、周囲からは「あの子絶対"アレ"だよね」などとよくひそひそされたものだ。
それでも、これまで私なりに頑張ってやってきたつもりだ。親戚を転々とする義務教育を終え、警察学校も無事卒業して数ヶ月にわたる実習もなんとか修了。
やっとこさ、この度の正式配属に漕ぎ着けたのだ。
「です。よろしくお願いいたします」
そしてキリよく外は桜が舞う4月、私はなんの面白みもひねりもない挨拶で新人刑事生活をスタートした。
配属先はヨコハマ署の組織犯罪対策部だった。ヨコハマといえば、未だ戦禍の爪痕残るこの国の東都周辺でそこそこ栄えている街だ。そして、その分治安も悪い。そこの、よりにもよって組対! 私のような新人が、しかも特別優秀な成績も残していない人間が配属されるようなところじゃない。
内心震えながらの一言二言の挨拶を終えれば、すぐに朝礼は終わった。
自席に戻り噛まなくて良かったと胸を撫で下ろしてすぐ、課長から今後の業務について説明を受けた。ひとまず最初の数ヶ月は色々な現場で様子を見て、どのチーム、どの先輩につくかを追々決めていこう、とのことだった。
「いやー、助かったよ。うちはいつでも人手が足りないからねえ。ファイル整理からでもやってくれる人がいると助かるよ」
課長が疲れた笑みを浮かべてデスクへ戻っていく。ヤクザや薬物中毒者、果ては違法マイク使用者なんかとも渡り合うこの職場では、まさに猫の手も借りたいと言ったところなのかもしれない。
「よろしくな、新人。ああそうそう、今日はあとひとり居るんだが……」
「あいつなあ……普通期始めの朝礼すっぽかすか?」
とにもかくにも部署内の人の顔と名前を一致させるためにもと挨拶をしていると、先輩たちが顔見合わせてため息を吐いた。
どうやら、元々外に出る予定の人を除いて、もうひとりいるらしかった。あとで挨拶をしておこうと人となりを伺うと、先輩たちは今度は肩をすくめ苦笑を返す。
「あー……一言で言うとド"α"!」
「でもあれはやたら点数稼ぎがうまいってだけだろ」
「いやー実際に仕事もできるから何も言えねえだろ……おい新人、あいつ絶対に真っ当なことしてねえから、あまり関わらない方がいいぜ」
「部長もあいつの言いなりだからな〜。俺たちじゃあ天下のα様に何かされても助けてもらえないぜ」
気をつけろよとか口々に心配のような軽口を残して、先輩たちは仕事に戻っていった。
αとは、第二の性別のうちの一つだ。人口は1割にも満たないが、一般的には眉目秀麗、文武に秀でたものを発露すると言われている。それは女性優遇の続くH歴現在の男性であっても一目置かれるほどと言えば分かるだろうか。
そんなαで、さらに周りからあれだけのやっかみを受けてそれでも評価せざるを得ないほどとは……きっと、私のような人間とは比べものにならないようなよほどの傑物なんだろう。
……なるべく、近寄らないように気をつけよう。
「イルマさんか……」
悪いことをしているだとか影で牛耳っているだとか真偽不明の噂のことはどうでも良いんだけれど、とにかく先輩たちから教えてもらったその名前だけ忘れないようにしっかり頭に入れて、私も席に戻った。
***
それから私は、所属に際しての手続きや先輩たちから預かった書類を抱えたりして、署内をうろちょろしていた。間取りの把握にもちょうど良く生活安全課、捜査課などを挨拶がてら回り終え、最後に託されたのは長期保管義務のある書類だけだった。
終わった案件についての保管庫ということでほとんど人が立ち入ることが無いからか、それはヨコハマ署でも奥の方にあった。そっとドアを開けば、中は鬱蒼とした森のように棚が立ち並んでいるのが見えた。そして日焼け防止のためか窓の無い部屋の真ん中に、私の立つ隙間明かりでデスクがひとつぼんやりと浮かび上がった。
そこに、人が突っ伏していた。聞こえるのは荒い呼吸。机にはピルケース……そこからこぼれたように錠剤が散らばっているのが見えた。
「あ、あのっ具合でも……ヒッ!?」
ドアを半開きにしたまま慌てて駆け寄れば、しかし私が肩に触れる寸前、がばりとまさに跳ねるようにその人が顔を上げた。
「……お前……」
ゆうらり、と薄闇の中その影が蠢いた。男の手が、デスク上のピルケースと錠剤をまるで押し潰すように叩きつけられる。それを支えのようにして立ち上がったその影は、私より頭ひとつ大きい。ガガッガガガ……パイプ椅子と床の擦れる音が、まるで警報のようにうるさく鼓膜を揺らす。
「……何か、見ましたか?」
「い、いえ、何も、何も見てないで……ッ!?」
「ぐ、ッ……!?」
突き刺すような、おどろおどろしく緑にぎらついた目に……身動きが取れなくなる。弁解をしようとする私の身体の奥で、突然心臓が跳ね上がった。
全身を叩きつけられるようなその衝撃は、私が生まれて初めて浴びるものだった。
ほんの少しでも身じろぎをしようものなら、体が勝手に彼へと引き寄せられそうで、その衝動を抑えるのが精一杯だった。
私がこの感覚の正体に意識を割くより先に、その違和感を消し飛ばすような大きく鋭い舌打ちが響いた。絞り出すような呻き声と、よろける長身。
「ックソ……立ち入り禁止って張り紙しておいただろうが……!」
「あああ、あの、その……失礼しました!」
ハッと正気を取り戻し、慌てて踵を返す。力の限りにドアを閉めたところで、ひらりと視界の端で廊下を飛ぶものが見えた。私は運が悪く、間も悪い人間だ。荒れた息のまま拾いに行けば、その紙には慌てて貼ったようなよれたテープと……書かれているのは"使用中、立ち入り禁止"の文字。そしてその下には。
「組対……入間、銃兎……」
噂のスーパーα、ヨコハマ署マトリのエース……先輩たちから聞いた名前その人だった。
***
それからすぐ、私は身体中を不快に駆け回る感覚に急かされるようにしてお手洗いへと転がり込んだ。署内を彷徨いた時に場所を覚えておいて良かった。
掻きむしるようにして、胸元のボタンを外す。
「ぐ、うぅ……」
ところで第二の性別には、3つある。秀でた才覚を持つα、そしてβとΩだ。
βは人口のほとんどを占め、世の中は彼らを基準に構築されて回っている。αの"優れている"という評価も、マジョリティであるβと比べてということだ。
そして3つ目のΩは、α同様に1割いるかいないかの貴重な存在だ。しかしその性質はというと一般的にαとは程遠く、βにも劣る部分が多いとされている。
これには、Ω特有の体質が影響していると言われている。数ヶ月置きに起こる発作が彼らの精神や肉体に強い影響を与え蝕むせいだ、と。
ヒートと呼ばれるこの現象は、Ωの心身を無理矢理に発情させ、第一の異性を持つαを特に強く惹きつけ誘惑するフェロモンを発するらしい。実際に目にしたことは無かったけれど、その症状は強い興奮だけには収まらず感覚の鋭敏化、強い倦怠感や寂寞感など、一度起これば人によってその期間は日常生活すらままならないほどに難儀なものだと聞く。
しかし今の時代、体質によってΩであることが周りにバレたり、ハンデにならないようにと様々なアイテムが存在している。
例えば、抑制薬。男性Ω用は濃い青、女性Ω用は濃いピンクといった具合で、ドラッグストアにでも行けば並んでいるのを見かけるし、病院で処方を受けることもできる。
なぜ、こんな話をしているのか。
「っは、ぁ、はあーっ……はー……」
先ほど見かけた錠剤。暗い部屋の中ではあったけれど……青い色をしていた。
同じ色の薬くらい、探せば他にもあるかもしれない。だけどもし無関係なのだとしたら、それを隠すような素振りは、あの焦りはなんだろう。
いや、入間銃兎さんは組織対策本部なのだから、当然違法薬物関係の仕事くらいある。あれは押収品の資料なのかもしれない。
でも、組対なら調べることになんの不審も無いのに、わざわざ立ち入り禁止にする必要はある? それに、調べ物ならどうして部屋の明かりもつけずにじっと座っていたんだろう? それも朝からずっと姿を隠して。息が上がるほどの発熱ならば、医務室に行くなり休養なりすればいいはずだ。仮に証拠品が感光性なのだとしたら、もっと別の場所に保管されているはずだ。
ぐるぐると、可能性と疑念が廻る。
しかし、決定的に否定できない事がひとつあった。
私の"第二の性"が、反応してしまったことだ。
心臓が暴れている。涎が止まらない。息はずっと乱れて収まらない。
鼻の奥に、あの"におい"がこびりついて離れない。あの部屋に満ちた、そして立ち上がり相対した彼が纏っていた"におい"に、全身がざわざわと粟立ったままだった。
脳が消え失せ、代わりにどろどろと煮えたぎる飢えと渇きが頭蓋を満たしていくようだった。頭を振り、その感覚を追い出そうとする。必死に、努めてゆっくり、深呼吸を繰り返す。
"入間銃兎"。私は、運悪く、間も悪いことに……αだという彼の秘密を知ってしまったらしい。
***
結局、その日私は"入間銃兎"と顔を合わせることなく終わった。それが良かったのか悪かったのかは……いや、きっと後者だったのだろう。
「ああ、くん」
翌朝オフィスに入るや否や、部長に挨拶もそこそこに呼ばれてしまった。すこぶる嫌な予感がする。
「おはようございます。なんでしょうか?」
「昨日、課長から今後の予定について話があっただろう」
この週は誰についていく、この日はこの案件に参加するとざっくり決めたスケジュールのことだ。昨日手帳に取ったメモを思い返す。
「あれは全部忘れてくれたまえ」
「え?」
しかし、部長は私の覚えていますとの返事すら待たず、矢継ぎ早に捲し立て始めた。
「マンツーマンで学んでもらうことにしたよ。やはり決まった環境で腰を据えて取り掛かった方がじっくり学べるだろうし、特定の教育係が決まっていた方が君もなにかと安心だろう、うん」
「え? え?」
「そうだね? 入間くん」
「え…………?」
「ええ。部長、ご理解感謝いたします」
ハキハキとよく通る声に、カツカツと快活な革靴の音。私の隣に並んだその影は、私より頭ひとつ高い。細身のスーツに身を包み、襟元まできっちりボタンを留めネクタイを締めた男性が、しっかりと地に足をつけて立っていた。見上げれば、スクエアの利発そうな眼鏡の奥で緑色の瞳が細められる。
「ヨコハマ署組織犯罪対策部巡査部長、そして本日から貴方の教育係になる入間銃兎です。よろしくお願いしますね……さん」
彼の方からそっと差し出された手は、赤い手袋に覆われていた。
「、です……よ、よろしくお願いいたします、入間、先輩……ッ!?」
余計なことを喋ったら殺す。
握手に応えた私の甲にぎちぎちと食い込んでくる指が、冷たいダークグレーのフレーム越しに光る瞳が、雄弁に物語っていた。
お相手優位が私のヘキなので、基本的に入間さんはΩでも偉そうにしてる予定です(write240707)
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