一組の男女が、殺風景な部屋に佇んでいた。彼らの見上げる先には、看板がぶら下がっている。そこには、まるで閉じ込めた者たちを馬鹿にするかの如くポップでファンシーな文字が踊っていた。
「どちらかが相手のことを好きにならないと出られない部屋、かあ……」
「……非科学的にも程があるだろうが」
「入間くんも、魔法みたいなマイク使っているのにねえ」
 さほど緊張感も無い声色で、白衣の女……がそれを読み上げた。それに黒いスーツの男……入間銃兎が舌打ち返すも、女は一切気にすることもなくからからとして笑いながら歩いてゆく。
 そして看板の下の質素なドアの前まで着くと、なんの躊躇いもなくドアノブに手をかけた。
「ああ、ほらやっぱり」
 その声と同じ程に緩やかに軽く、ノブの回る音がした。
 ただの白昼夢なのか、タチの悪い悪ふざけなのか。本当に施錠されていたのか、これで閉じ込めたつもりだったのか。諸々を疑いたくなる程に容易い脱出劇であった。
 これが本物だったとして、と女の口元に得意げな笑みが浮かぶ。
「私が入間くんのことを好きだから、なんの意味もなかったね」
「貴方が好きなのは私の顔でしょう」
「うん? そう、大好き」
 圏外を示し時間も狂ったスマホのホーム画面。今になって状況を確認しようとが取り出して見せたそこには、入間が写っていた。盗撮なのかDRBで中王区メディアに撮られたものかは不明だが、余談ではあるが彼女のPCの壁紙も同様にしてに彼の勇姿に設定されている。そして入間自身もそのことは知っているので、呆れつつ今更言及もしなかった。
「それにしても……ただ閉じ込められただけなら、入間くんの顔をじっくり見ていられたのに。残念」
 うっとりと手元と実物を交互に見つめては嘆息するを横目に、入間もまたため息を吐いた。
「こんなところでイカれた女と2人きりなんて、冗談じゃねえな。ほら、とっとと出ますよ」
「ひどいなあ、ただあなたの顔が好きなだけなのに」
 全く気にする様子もなく笑う女に代わり、入間は改めて戸に触れる。憎たらしいほど抵抗無くノブは周り、蝶番は軽かった。外へと足を踏み出しながら、入間は性急に懐に手を突っ込む。乱雑に捕まれ凹んでしまった煙草の箱を見下ろして、入間はまた小さく舌打ちを落とした。


(230822)


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