「……嘘だろ!?!?!?」
「うわっ!?」
 しばらくの間、壊れたくるみ割り人形みたいに半開きで固まっていた独歩くんの口から、在らん限りの絶叫が飛び出した。
 びっくりした。なにせ独歩くんときたら、私のシャツを中途半端にはだけさせた状態のまま、私が呼びかけてみても壊れたパソコンみたいに反応もせず瞬きもせず微動だにもしないでいたのだから。
 彼のいつも下を向いた半月みたいに眠たそうな目は、驚愕を絵に描いたように満月になっている。寝不足で充血が常態である彼の熱視線が、私のはだけた胸元にグッサグサ突き刺さって、穴が開くかもしくはチリチリと焦げついてしまいそうだった。
「えーと、独歩くん?」
 呼びかけてみるも、また返事はない。沈黙と、先程の大声の余韻とが合わさって耳鳴りがする。
 どうしたもんかと思っているうちに、シャツ越しに私の二の腕を掴む彼の両手がぶるぶると小刻みに、そして段々大きく震え出した。壊れたおもちゃみたいというか、なんか形容通り越して本当に壊れそうで不安だ。
 そのきっかけを作ってしまった物は、彼の未だ固定された目線を辿れば火を見るより明らかだ。その、私としてはちょっとした悪戯心だったのだけれど……まさかここまで怪しげな、いや怖い、いや深刻なリアクションをされるとは想定外だった。
「えー……と、独歩くん、もしかしてこういうの苦て」
「嫌いなわけないだろ!?!?!?」
 ……びっ……くり、した。キィイン、とまた耳鳴りが脳内でハウリングする。
 私がくらくらしている隙に、さっきまでの硬直はなんだったのかという素早さで残りのボタンが外されて、そのままの勢いでシャツ自体剥ぎ取られてしまった。
 今日私が下に着てきたのは、いわゆるベビードール……なんかえっちな下着の一種だ。当店男性ウケNo1、なんてポップにつられて選んだこれは、真っ白の生地にレースやフリルがふんだんについていて、まるでイチゴを忘れたショートケーキになったような気分だった。
 独歩くんが何かに耐えるように私のシャツをくしゃくしゃに握りしめて、また口を開いた。
「ッ頭おかしくなりそうなくらい好きな彼女がこんなやばいくらいえろ、いや、いやらし、いや……とんでもなくかわいい格好してくれて喜ばない野郎がいるわけないだろ!!!!!?」
「い、いや、それはちょっと私にはわからないけど……」
 流石にちょっと装飾ぶりぶりごてごてでキツくないかと不安に思っていたけれど、肝心の独歩くんからは間髪入れずどころか食い気味に肯定してもらえてホッとしたし、ちょっと嬉しくなってしまった。
 とはいえ、その独歩くんは今はシャツを置いて中空で手をわきわきと開いたり閉じたり上げたり下げたり不気味な動きを繰り返すなど、もうずっと挙動不審だ。私が喜びと心配が五分五分でかける言葉を探していると、今度は私の両肩へと指を食い込ませ勢いよく身を乗り出してきた。
「マジで、はー、疲れ全部吹っ飛んだ、あー、っはは……」
 ……確かに喜んでもらいたくて着てきたことには間違いないし、初めて誕生日をお祝いしてあげた時と同じくらいはしゃいでくれていることは本当に嬉しいけれど……ここまでとは。100メートル無呼吸で全力疾走でもしてきたのかというほどの息の荒さだ。
「ぅぐえっ!? どッ……ぽくん!」
 ぎゅうぅ……。突然の圧迫感に、抱きしめられたと気付いた時には、独歩くんの感動の吐息やら謎の呻き声やらに合わせて、彼の手が背中をするすると流れていく。感触を確かめるように撫でたり、指先でほとんど紐みたいなブラジャーを時々レース越しに指先で引っ掛けたりなぞったりして……子供が初めて貰ったおもちゃで遊ぶようにウキウキとまさぐっている。
「はー……いいな、白、かわい……俺のためとか、あーマジで、かわい……」
「ちょっと、ぐるし、いや重……わっ!?」
 私の制止は一切聞こえていないらしい。力込めすぎ、というかもはや徐々にのしかかってきていて、いよいよ支えきれずにベッドに倒れ込んでしまった。
「やべー……はは……好きすぎて、あたまおかしくなりそうだ……いやなってきた……なあ
「な、なに?」
「好きだ、本当に。だから……ごめんな」
 独歩くんのえらく真剣な声色に一体なにがごめんなのかと尋ねようとしたけれど、彼の顔を見てみれば真っ先に飛び込んでくるのは据わった目、いつも本人が死んだ目だと気にしているはずの瞳はギラギラと尋常ではない光を見せていて……私はすっかり気圧され、疑問は息を飲んだ拍子に消えてしまった。
 私の身体を撫で回していた独歩くんの手が、私の頭をぎこちなく、でも優しく撫でる。
「やさしくしてやれないと、おもう、あぁいや、ぜったい」
「ぜったい、っすか……」
「でも、きもちよくしてやるから、ぜったい」
「ぜったい、っすか……」


あとがき
彼女溺愛独歩くん(231105)


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