男の“賢者タイム”なんて、都市伝説じゃないの?
 もしわたしが簓くんしか知らない女だったら、きっとそう勘違いしていたことだろう。何か目的があって東都に来ていると笑うやたら青いスーツを愛用する彼と知り合って、いつから夜を共にする関係になったのかは覚えていない。けれど、そんなふうに思ってしまう程、簓くんの事後はいつも手厚く甘かった。
 褒め言葉、身体の心配や感謝、時々驚くほどつまらない駄洒落を添えてそんな睦言を口ずさみながら、肩や背中、頬や唇、色々なところに口付けを落とす。ああ、あと、頭を撫でたり手櫛を通したり、そのまま髪を掬ってそこにもキスをするし、私が心地良い疲労感に負けて眠りに落ちるまで、あのうっすい目はずっと微笑んでいるのだ。
「な、ちゃん、ホンマに、俺とちゃあーんと付き合うてやぁ」
 もちろん今夜も同じで、汗ばんでいるだろう私のつむじに一切の嫌悪を見せることなくちゅっちゅと景気良く唇を落としながら、そんなことを嘯いた。語尾に音符かハートマークでもついていそうな弾んだ声音だった。
「イヤ」
「えーっなんでやなんでやなんでやなんでやーっ!」
 ベッドの上でくたりと重力に負けている私の肩を揺すりながら、簓くんはぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。
「元々“気楽にしようや”って言ったのは簓くんだよ」
「それほんまに最初の頃の、ちゃんに気負うて欲しくなくて言うたコトやんかあ! 今の俺はちゃんの側から離れたないーってこぉんなに思ってるん伝わらん?」
「うん」
「いや即答かーい!」
 肩を掴んでいた両手を回して、簓くんは私に覆い被さるように抱きしめて駄々をこねていた。ぎゅうぎゅうと力を込めて左右に揺れているのは“こぉんなに”のコミカルな表現だろうか。
「だって簓くん、人のこと好きにならないでしょ」
「ほあー、ちゃんすごいなぁ」
 簓くんのわざとらしいため息が、私のつむじを撫でていく。さほど間を置かずに緩んだ腕から、のろのろと簓くんを見上げた。
「簓さんの弱点、なんでバレたん?」
 あっさりとそう笑う簓くんは、やっぱりいつもと全く同じ顔をしていた。


(20230925)

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