アラームを止める。6時だ。珍しくパッチリと目が開いた。
　どうやら昨晩は自分で思っていたよりもずっと心身ともに疲れていたらしく、入間さんのベッドに潜り込んで瞬きしたら朝になっていた。眠れるかなあ、なんて繊細に思いを馳せる暇もなかった。快眠でした。
　折角起きたからには、朝ご飯でも作ろうかな。詳しいことは今夜話すらしいが一応居候の条件として上がっていたし、部屋に長居して昨日注意されたように入間さんの物に触ったとか疑われるのもいやだし……私はひとつ大きく伸びをして、そのままキッチンへ向かうことにした。
「えぇー……？」
　結果、驚くほどなーんにも無かった。冷蔵庫、冷凍庫、野菜室と覗いてみたけれどあるのはお酒とおつまみっぽいものと調味料。少なくとも朝食にはならなさそうなものばかりだった。まさか卵すらないなんて。ファミリー用大容量冷蔵庫が可哀想なほど力を持て余している。私が欲しいくらいだよこれ！　ここから出ていく時にお下がりとして譲ってくれないかな……。
　そんな図々しいことを考えつつどうしたものかと数歩隣に移って見渡せば、昨日は気付かなかったがスタイリッシュなウォーターサーバーにモデルルームかと勘違いしそうなほどに汚れのない三口コンロ。グリルまでついているけど、引き出してみると予想通りこちらもピカピカだ。
　嫌な予感がして適当な棚や引き出しをいくつか覗いてみると、やっぱりガラガラのスカスカだった。何故かとても使用感のあるヤカンを見つけたくらいだ。しかも音が鳴るタイプのやつ……いやウォーターサーバーあるのになんで……？
　なるほど、疑いようもなく入間さんは全く自炊をしないタイプの人らしい。なにせ炊飯器の姿すら見えない。そのくせ高そうなコーヒーメーカーはあるときた。それに周りに何もないから余計にそう思うのかもしれないけれど、そこそこ大きく見るからに高性能で立派なオーブンレンジが存在感を放っている。
　なんでこんなに家電だけ立派なの……？　果たしてこのオーブンレンジのオーブン機能やあの冷蔵庫の真空冷蔵機能は、ここの家主に使われたことがあるんだろうか。勿体無い。そして当の本人は普段一体どんな食生活を送っているんだろう。他人事ながら流石に心配になってきた。
「おい……」
「うわぁぁあおおおはようございます！」
「ああ……」
　地を這う声に驚いて振り返ると、ソファに寝ていた入間さんが上体を起こすところだった。なるべく静かにしていたつもりだけど、それでも私がごそごそしていたせいで起こしてしまったらしい。
　起こしたことを詫びつつ、朝ごはんを用意しようとしたと弁解すると、低くて掠れているが納得したような相槌が聞こえた。ついでにいつもはどうしているのか聞いてみると、普段はパンを買っておくか通勤の道中で適当に済ませているとのことだ。
　ぼそぼそと呟くような答える入間さんの言葉に、敬語はなかった。
「……それよりもおまえ、そのかっこう……いや、なんでもない」
　いや、そりゃあ敬語を使う方が意識して取り繕っているのが普通だけど、昨日は会ってから寝る前までずっと敬語だったものだから、普通の男の人らしい言葉遣いが寝起きの声と合わせて若干怖い。
　私がこくこくとおとなしく頷いていると、そのうち、入間さんがゆらりとソファから立ち上がった。こちらを見る目がやたら険しく感じるのは、眼鏡を掛けていないからだろうか。
「かおを、あらってくる。……おまえも、きがえてからでてこい」
「あ、はい……」
　入間さんは左右にゆらゆらしながら、メガネを片手に洗面所の方へとのそのそ消えていった。……朝、弱いんだろうか。
　どうせ朝食は作れないようだし、私も入間さんの言う通り支度を済ませてしまおう。このお借りしてる入間さんのTシャツは、あとで返せば良いかな。今後家事を任されるなら、どうせ洗濯も私がするんだし。
　とりあえず寝泊まりした入間さんの寝室へ戻り、昨日着ていた服を手に取った。
「おはようございます、さん。昨晩はよく眠れたようですね」
「お……はようございます、入間さん。あ、はい、おかげさまで……」
「どうかしましたか？」
「……ええと……」
　いや、豹変っぷりが凄いんだよ！
　私がポーチに入っているだけの心許ない化粧品でなんとか身だしなみを整えて出てくると、パリッとスーツを着こなし、髪を遊びのあるお洒落な七三にセットし、曇りや汚れ一つない眼鏡をかけたイケメンが足を組んで座っていた。おまけにニコリと笑顔を作って爽やかに赤手袋の手を上げて朝の挨拶をやり直すものだから、すこし面食らってしまったのだ。……いや、面食いじゃないよ。驚いたという意味ね！
「支度はもうよろしいですか？　そうですね……予定より少し早いですから、パン屋にでも寄りましょうか」
「はい、もう出られます！　よろしくお願いします」