MTCとのディナー回 ※部下が理鶯さんの料理を食べるシーンがあります


さん、ジビエにご興味は?」
「は……いえ、興味がないこともない、です、が……?」
「それでは今晩、ご一緒にディナーでもいかがですか」
 薄く口角を上げたどこか意味ありげな微笑み。胸に手を当て軽く首を傾ける優雅な物腰。“これ”でこの人は一体どれだけの女性を意図的に勘違いさせてきたのだろうか。組対以外の部署でやれば黄色い声が上がり、大層喜ばれたことだろう。
 しかし残念ながら、私は普段のこの人を知っているのでなんの効果も無い。そもそも、震えるスマホに眉間深く皺を寄せ鋭い舌打ちを残して廊下に出ていった姿を見たのが、つい5分前だ。そこから戻ってきて真っ直ぐ私の横で作った綺麗すぎる笑顔なんて……胡散臭いことこの上ない。
「どういう風の吹き回しですか?」
「おやおや……可愛い部下を労おうっていうのに、そんなに警戒されるとは。傷付きますねえ」
 そういうのいいんで、と大きく溜め息で返すとようやく話をしてくれたが、どうやら毒島メイソン理鶯さんのベースキャンプで今晩食事会をするらしい。それで、入間さんはそこに私を誘っているらしかった。
 でもそれって……つまりMTCの集まりってことじゃないか。そんな気軽に私がお邪魔して良いものとは思えない。
「まさか、むしろ大歓迎です。あなたは私の大切な部下でしょう? 左馬刻も理鶯もあなたにはそこそこ世話になっているはずですから、我々の一員と言っても過言ではありませんよ」
 いやとんでもない過言だ。猫撫で声で何言ってんだこの人!?
 だいたい、入間さんと同行していなければ私とあの2人との関わりなんて滅多に無い。あっても、入間さんがどうしても手が離せない時の伝言か、書類やブツのお使い程度だ。精々サマトキサマや火貂組構成員の調書捏造か釈放手続きか、毒島さんの不審者情報揉み消しや職質割り込みくらいか。それなのにわざわざ彼らが私を呼ぶわけもない……となると、入間さんの考案に違いない。
「……ちなみに、お断りしたらどうなりますか?」
 まずもって、この人が私に命令でなくわざわざお伺いを立ててくる時点で、怪しい。しかも敬語で、口数も多いし。
 このお誘い、嫌な予感しかしない。
「……貴方なら、言わなくても分かるでしょう?」
「あー……喜んで、ご相伴に預からせていただきます」
 ……イヤだ! 嫌な予感しかしない!

***

「……オイ銃兎ォ、なんでそいつがいんだ」
 薄暗い森に煌々と光る赤い目が私を貫く。私が入間さんの影から顔を出した瞬間に、地を這うような低く刺々しい声がお出迎えをしてくださった。
 長い道のりと罠を越えてやっと辿り着いたキャンプ地だけれど、もう帰りたい。
「む……銃兎、今日は客人を連れて来たのか」
「ええ。すみません理鶯。彼女がどうしても理鶯の料理を食べてみたいと我儘を言うものですから」
「はァ? そいつがか」
 切り株に腰掛けて煙草を燻らせるサマトキサマと鍋を焚き火にくべる毒島さんに私が何か答える前に、入間さんがさっと割り込んだ。サマトキサマが明らかに疑いの声を上げている。私が連れて行けと言い出すはずがないという意味なのか……それとも、そんなに毒島さんの料理って不味いんだろうか……?
「そうか、それは嬉しい申し出だが……」
「大丈夫です理鶯! 彼女はそんなに食べる方ではありませんから、私の分から取り分けます。ああ、左馬刻の分はそのまま出してやってください」
「ァあ!? 銃兎テメェ!」
 さっきまで私を睨みつけていたサマトキサマが、すごい勢いで目を剥いて入間さんを視線で射殺そうとしている。なんだ、入間さんとサマトキサマのこの緊張感は。やっぱり急用を思い出して帰って良いだろうか? ……いや、この暗い中あの罠だらけの道をひとりで無事帰れる気がしない。
 ていうか入間さん、日中に誘ってきてから今までに私を連れて行く連絡を入れていなかったのか。一体、どういう……いや、いずれにせよ逃げられないのだから腹を括るしかない。ぽこぽこ浮かんでくる悪い推測を打ち消すように頭を振った。
 とりあえず私は焚き火を挟みサマトキサマから遠い丸太に腰掛ける。私は、あまりあの若頭と同じ空間にいるのは得意ではない。苦手というか……理由は不明だけれど、どうも私は彼からよく思われていないらしかった。しかし目の敵というほどの敵意も感じず……警戒されている、というのが1番近い表現だと思う。まあ、H歴の男かつヤクザともなれば、女かつ警察官である私は最も気に食わない属性を持つ人間のひとりだろう。
 以前入間さんにそれとなく探りを入れた時は「貴方が自分の仕事をこなしているうちは、左馬刻に沈められることはありませんよ」とにっこりと答えられたけれど……まいったなあ、一切安心できない。
「肉の方はもう良いだろう。さあ、遠慮せず召し上がれ」
 毒島さんの料理が次々と並べられていく。唐揚げのようなものや、焚き火を囲むように地面に突き立てられた棒から外した肉が皿に盛られていく。いつも表情を固く保っている毒島さんが微笑んで私を見ている。よばれて良いものか入間さんの顔色を伺うと、むしろ促すようなや微笑んだ。こっちは怪しすぎる。ふと目を逸らすと、サマトキサマが滅茶苦茶こっちを見ている。こっちは怖すぎる。
 意を決して、恐る恐る皿に箸を伸ばす。ホカホカの湯気と、スパイスの香り。
「あ、美味しい……!」
「それはカラスだ。上のハーブは臭みを取るためだから避けると良い」
「へえ、ちょっと肉質が硬いけど味が濃い! これ、このコリコリした酢の物はなんですか?」
「それは蛇の皮の漬物だ。小官はそちらの方面には明るくないが、肌に良い成分が含まれていると聞く。たくさん食べると良い」
「へえ、ちょっとクラゲみたいな……いやフグ皮かな……」
「「馬鹿野郎クラゲとフグ食えなくなンだろうが!」」
「ひい……」
 入間さんとサマトキサマがピッタリの異口同音かつ小声で怒鳴りつけてきた。り、理不尽だ……。
 温まったからスープをよそる器を持ってくると毒島さんが席を立ってすぐ、入間さんが私の丸太に座り直してきた。私のお皿にひょいひょいと謎の物体を乗せてくる。サマトキサマは焚き火の向こう側から燃えるような目で私と入間さんを交互に睨みつけながら……淡々と料理を口に運んでいる。
……お前、こういうのいけるのか」
「ええと、まあ適切に処理されていて火も通っているなら特に抵抗は。カラスは普通にお肉ですし、蛇もジビエと聞いて想定できる範疇というか……なにより毒島さんの調理が良いんでしょうか、本当に美味しいです。変な臭みもえぐみも無いですし」
「そうか、それで、お前……虫もいけるか」
「虫? いや流石に虫、は…………え? 冗談ですよね、入間さん、ねえ、」
「スープも、今日は会心の出来だ……小官の育てた野菜で煮込んだブイヨンで芋虫のペーストを延ばし、そこにカミキリムシをアクセントに加えて……」
「いもむしって……芋の種類ですか? カミキリムシって……ねえ、入間さん、ねえ、」
「……
「……ッこれ、私たちの“契約”には無い話ですよねえ! これ絶っっっっっ対、私関係無いですよねえ!」
「おや、先ほどまであれだけ美味しい美味しい言っておいて突然いらないが通るわけないでしょう?」
 入間さんが私の襟元を引っ掴み、必死にぼそぼそと囁き声で脅しをかけてくる。ちらりと横目で伺えばサマトキサマは顔色を髪色同様白くさせながら祈るように目を閉じ手を合わせて、改めて「いただきます」と呟いていた。行儀が良い。いや違うか?
「理鶯を悲しませても構わない、と? お前、これで俺と理鶯の間に不和が生まれたらどう責任取るんだ?」
「は、あ? 大体そんなの、呼んだ入間さんが」
。俺に恥をかかせるなよ」
「……あー……このクソボケ極悪上司!」
「なんとでも言ってください。今この時だけは、お前の暴言をいくらでも聞き流してやる」
「ぐうぅ……い、いただきます」
 ……美味しい。先ほどいただいたカラスの姿焼きや蛇の漬物や唐揚げ、野菜の付け合わせなどなどと同様、文句なく、舌が感じる味は、美味しい。焚き火でこんな調理ができるのかと驚くほどに野菜の旨みがしっかり出たブイヨン。それを互いに引き立てる〇〇〇〇のようなクリーミーさ、××のような……いやこれは△△△かな……そこに□□□□□のような香ばしさがアクセントを加えてて……とにかく滅茶苦茶美味しい。味の宝石箱と言っても良い。それは確か、確かなんだけど……!!
 私はとにかく、今後例えたものを食べた際にフラッシュバックを起こさないよう自分の記憶に必死にセーブをかけることに集中した。そうしないと、自分が口にしているものを一瞬でも意識した瞬間、MTCの前で嘔吐する。間違いなく。味だけに集中しろ、考えるな。
「おお……、素晴らしい食べっぷりだ。作った甲斐があるな」
「おお……意外と根性あんな……」
「おお……さん、偉いです、ねっ!?」
 一気に食べ終え器をテーブルに置いたその手で、入間さんの胸ぐらを掴み返す。今まで、捜査で意見がどれだけ分かれても徹夜でイラついていても、こんなことはしたことはない。
「ぜっ……たい、いつか、絶対、入間巡査部長のことを、私に対するあらゆる罪で訴えてやりますからね……!」
「正直なところ、私も騙して虫を食わせるのはやりすぎたと思っています……が、わかるだろ!? 俺の気持ちが!」
「わかりますけど! わからなくもないですけど! ……いいですか、これは貸しですよ! 明確に、大きな!!」
「わかった、わかった、あとでなんでも聞いてやるから……頼む、俺の分も食ってくれ……!」
「ご自分でどうぞ!!」
 ここまで切羽詰まって情けない入間さんの声は初めて聞く。今までどんな案件でピンチに陥っても仕事を抱え込んでいても、こんな弱々しい懇願なんて聞いたことがない。しかし私も薬物事件でもなんでもないこんな命令を聞くわけにもいかない。流石にもう一杯は自分の尊厳を保ち切れる自信がない。
「ふふ……銃兎とは仲が良いのだな」
 お互い小声でギャーギャーと言い合っていると、弾ける焚き火の音と共に毒島さんの楽しそうな含み笑いが聞こえた。
「貴殿らもまた、同じ戦場に立ち信頼関係で結ばれた上官と部下……というわけか」
「理鶯……ま、まあ、そうも言えなくもない、ですね……」
「あー……一応同じ戦場にいますね、確かに、今……」
 不思議な人だ。どうにも毒島さんの微笑みを崩すわけにはいかないような気がして……私と入間さんはお互い脇腹をどつき合いながら毒島さんに硬い笑みを返した。

 *** 

「デザートには香草のクッキーとコーヒーを用意した。のんびり腹を休めるといい」
「いただきます」
 結局怒涛の勢いで平らげた私と入間さんとサマトキサマを眺めて満足そうな顔の毒島さんが、お盆を置いた。ああ、良い香りがする。理鶯のコーヒーは美味いですよ、と入間さんが呟く。安堵の声を聞く限り、嘘はなさそうだ。香草が何かはわからないが、毒草でさえなければ虫よりはマシだろう、虫よりは。
「今回は銃兎と分ける形になってしまったが、次回はの分もしっかり量を用意しておこう。時折世話になりながらもこうして話す機会はなかったな……是非、また来るといい」
「理鶯にこれを気に入っていただけて安心しました。ねえ、さん?」
「あー……はは……ありがとう、ございます……」
 入間さんに頭を掴まれ、サマトキサマに無言で睨まれながらいただくクッキーとコーヒーは、これは素直に美味しかった。でも2度とMTC夕食会には来ません。絶対に。


(20250509)


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