円形、楕円形……私の手から滑り落ちた白い錠剤たちが、流し台の横で乾いた音を立てながら跳ね、あちこちに転がり、散らばっていった。
「っ入間、さん……?」
私の手首を捻り上げる見慣れきった赤い手。
眼鏡の奥の緑の炎は、瞬きもせず私を燃やしていた。
「それは、なんだ」
その声が、槌を振り下ろすように一音一音、古びた蛍光灯だけが頼みの深夜の狭い給湯室に重く響いた。
「痛ッ、いんですが……」
その間も、ぎちぎちと私の骨をへし折らんばかりに手の力が増していく。思わず顔を顰めるがその手も眼鏡の向こうも揺らぐことはなく、息が詰まるような緊張感が漂うばかりだった。
水だけがシンクをサアサアと一定に流れていく。「答えろ」低く押し殺された声が私に自白を促した。
「び、ビタミン剤、です……あとカフェイン錠……」
入間さんの目が一瞬、丸くなる。苛烈だった緑の炎が消え、代わりに一瞬だけ瞳が揺れた。
普段見ることはないその変化に、私も動揺で言葉を詰まらせた。
「い、入間さん……?」
「……ああ……悪い、いえ、すみません。一息、入れてきます」
茫然とするように呟いて、入間さんは私の腕を解放した。それから、内ポケットを漁りながら給湯室を後にしようと背を向けていく。
私は、進まないデータ整理や修羅場で重なる深夜労働に苛立っていた。薄暗い部屋の隅で性急に錠剤を取り出す姿が、いったい"何に"重なったのか。
どこか覇気の翳った背中に声を掛ける。
「入間さん! あー、その……紛らわしいことをして、すみません」
「……気をつけてください。カフェイン錠は加減を間違えると身体に悪い物ですからねえ」
振り返らずただ言葉だけはいつもの調子で笑う入間さんに、私もわざとらしく軽口で返した。
「体への影響で言うなら、煙草もいい勝負だと思いますけどね」
緑の小箱とオイルライターを手に「うるせえ」とぼやく背中に、改めて声をかける。
「仮眠室、ふたつ取っておきます。今日はとりあえず一度寝ましょう」
「……そうだな、これ以上は効率が下がるだけだ。お前は先に休んでて良い。、」
「はい」
給湯室を出て曲がりゆく直前、入間さんが私を見た。横顔には、余裕と皮肉を含んだいつもの笑みが浮かんでいた。
「おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい。入間さん」
それから私は転がった錠剤をゴミ箱に放り込み、新たに黄色いピルケースからビタミン剤を適量取り出して……カフェイン錠のケースはそのままポーチにしまいこんだ。
(write240714)
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