Xのnovelmber 3. 物語作家


 大きな石を退けた下から虫が湧き出てくるように、轟々と崩れ落ちていく廃工場からワラワラと屑どもが這い出してきては緻密に敷かれた包囲網にかかっていく。
 まさに“一斉検挙”といった有様だ。各所から矢継ぎ早に入ってくる報告たちを、入間さんは迅速に、確実に捌いていく。私はそれについていくのが精一杯だというのに、その口元には仕上げを楽しむかのような余裕の笑みさえ浮かべていた。
 いつも綺麗に整えているスーツについた汚れや傷、そして髪の乱れが無ければ、つい先程まで別働隊としてMTCのたったの3人で動き、あの工場内でバトルをこなしてきた後だとは到底思えないだろう。
 上層部が落ち着くまでには1年以上かかると見込んだ案件を、この人はたった半年たらずで壊滅まで持ち込んでしまったのだ。
 どこまでを私に振り、どこから自分でこなせば効率が良いかという仕事の回し方はさることながら、入間さんの人の使い方にはやはり目を見張り学ぶ所が多い。関係各所へ協力取り付ける速さ、そのための根回しの的確さ、必要とあれば各人の“後ろ暗い情報”に当たりをつける嗅覚。加えてこの人の威風堂々たる佇まいに合わせて張りがありよく通る声で論を説かれれば、大抵の人間はそれが正しいことのように思えて納得させられてしまう。思えば入間さんがヒプノシスマイクに選ばれて、能力を発現するに至ったのは必然だろう。
 特に、入間さんや私を敵視する派閥の妨害すら逆手に取り、いつの間にかそれが回り回って私たちの利になる行動になっていた時は、我が上司ながら薄ら寒いものすら感じてしまった。
 ここまで来ると、人の使い方というよりも操り方と表現した方が近いだろう。【権謀術数】とはまさにこの人のためにある言葉だ。
 入間さんのことを侮っていたわけでは決してないが、今回の件で私の認識がまだまだだと痛感させられた。
「……いったい、どこまでが入間さんのシナリオだったんですか?」
「お前には間近で全部見せていただろうが。今日、左馬刻と理鶯と突入するまでの全てだ」
 パトカーに救急車、消防車の幾重ものサイレンが合奏を響かせる中、入間さんは静閑として懐から緑の小箱を取り出す。入間さんが慣れた手付きで煙草に火を付け、深く肺に入れた空気を重たく吐く姿を感心して眺めていると、眼鏡の奥の瞳がフイと横に逸らされた。
「ただ、まあ、そうだな……そこから先の、左馬刻が元舎弟の存在にブチ切れたことと理鶯の仕掛けた大量のトラップ、そして結果の粉塵爆発は……想定外でしたよ……」
「え。じゃあ、このスクラップの後始末の手配、は……」
 未だもうもうと立ち込める土埃。空は若干見渡しやすくなったが地面は大小様々な瓦礫で埋まる周囲。飛び交う警官たちの必死な声や鳴り止まないトランシーバー。
 確かに私はこの案件中入間さんにこき使われ……いや、付き従って来たが、この結末は聞いていなかった。
「ま、まさか……!」
 いつも完璧な身嗜みを崩した入間さんが、にっこりと相貌をも崩して私に向き直る。私の後退よりも一瞬早く、灰色がかってしまっている赤い手袋が肩を掴む。それもだいぶ力強く。
さん、頼りにしていますよ」
「えぇ……」
「ありがとうございます、いつも助かっています」
「話を進めないでください」
「私の復讐劇の中で最も想定外の“駒”は貴方なんですから。勿論、良い意味で」
「折角のお言葉も、その胡散臭い笑顔と敬語で台無しですよ……」


(20231105)


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