血・暴力


 男の足が水溜りを踏んだ。黒い靴に対して床に広がる真っ赤なそれは、水と呼ぶには多少粘性のある音を立てた。

、いつまでそうしているのです」
「……少しくらい、サボらせてくれてもいいじゃないですか」

 男が手にもつ鞘で液体の中心に転がる物体──四肢のいくつかが欠損した女の死体を突つくと、ぱきぱき、薄氷が割れるような、はたまた凍っていくような、奇妙な音を立ててそれは次第に元の形を取り戻していく。
 そうして、女は上体を緩慢に起こした。先ほどまでその身体から流れ出ていた血が、ポタポタと髪や肘を伝って落ちる。わざとらしく大きく溜息を吐けば、その口からは、ごぽ、と溜まっていたらしい同じ赤色が顎に線を引いた。

「まったく勘弁してくださいよ、いくら車内なら生き返るとはいえ……死ぬのも楽じゃないんですよ」
「我慢なさいまし。あなたにはそれで高給をお支払いしているのですから」

 地下鉄のさらに奥底、裏バトルサブウェイの裏バイト、業務内容はサブウェイマスターのバトル調整という名の実験台。そして給料は法外に高い。実際、この空間を構成する何もかもが常識の外なのだが。ともかく、風の噂で小耳に挟んだ程度、それも給料部分しか碌に知らず何も考えずに雇われにきたのがこのだ。しかし鉄道員たちの予想に反して長続きしており、なんだかんだこの特殊な職場でかれこれもう3ヶ月週3回のシフトで殺されては生き返る仕事を続けていた。もう手慣れたものだと再生した脚の動作確認でもするようにゆっくり起き上がりつつも、その口からはぐちぐちと文句が止まらない。

「はあーあ、黒ボスの日はまだ良いですよ。いかに効率よく殺すかを試すだけだから。白ボスの日なんかは最悪ですよ、幅広く好奇心爆発させてくるから」

 黒ボスと呼ばれた男は、この狂った裏施設のマスターのひとりたるノボリだ。制帽にコート、スラックスから靴に至るまで黒に身を包み、その愛刀をこれまた黒漆拵えの鞘に収めながら、ストレッチを続けるに雑談を振る。

「ちなみに、今までの死に方では何が一番不快でございましたか」
「うーん……痛いのは大体いやだけど……あ、胃の表面だけ斬られたやつですかねえ」

 激痛の中必死に両手で内臓を抑えようとする端からあれそれ諸々が溢れるところを見ながらのショック死。しかも表面を裂かれただけなのでスプラッタ映画も真っ青な状況でなかなか死ねないまま長い時間放置され……あれは最悪だったとは笑い、ノボリはいやはやセップクとやらはしたくありませんねと顎に手を当てる。
 ランチメニューの話でもするように、ふたりはのんびりと言葉を続けていく。

「地味に嫌だったのは手首の脈斬られてじわじわ失血死。あれ身体は動かないしだんだん寒くなるし、ああこれから死ぬんだ感が強くてメンタルにきます。白ボスの方だと……四肢の関節一つずつ撃ち抜きながらの鬼ごっこと、どくどく弾撃ち込まれての隠れんぼは優劣つけ難いですね」
「気楽だったのは?」
「そりゃもちろん、白ボスからの脳天か心臓に1発ですね。衝撃でそのまま逝けてよかったです。黒ボスの首切りと心臓ひと刺しは、角度やその日の私のコンディションで数秒から数十秒意識残ることが多いんで好みは人によりけりだと思うけど……痛みはあまり感じなかったかなあ」
「なるほど。では早速、改めて検証しマニュアルを改善いたしましょう! 負けてしまわれるお客様でも、せめて! 是非とも! 気持ち良く死んでいただかなくては!!」

 プロ意識の塊だなあ、皮肉をたっぷり込めて呟いたの首と血飛沫と意識が宙を舞った。


あとがき
ついに武器マス概念にも手を出してしまった
懐の広いジャンルだ…… (220614)


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