リク:好きな女の子にプレゼントを贈りたくてうんうん悩んでる▽さん


「おやすみ? いいよ」
 不安を顔いっぱいに見せながら差し出された紙ペラ。
 頭の中でざっとみんなの仕事内容を洗ってみても、その日にひとりおやすみしても特別困ることはなさそうだった。だから、その申請書にすぐサインを入れて返してあげると、はほっとしながら頭を下げた。
 日付は再来週のどまんなか。本当は上司として休みの理由は気にしちゃいけないんだけど、なんの用事だろうってつい首を傾げちゃった。そんなぼくを見て、部下である彼女は遠慮がちに教えてくれた。
「あ、えと……私、誕生日なんですよ」
 こんなことで休むのは子どもっぽいかと恥ずかしそうにもじもじしているけれど、ぼくはそういうの良いと思う。健康診断に引っかかって病院に行くって言われるより、ずっとたのしい理由だから。年配鉄道員たちを頭の隅に追いやりながらそう応えてあげると、はくりくりの目をキラキラさせて戻っていった。
「……誕生日かあ」
 なにか、プレゼントしてあげたいな。
 ぼくはぼんやりとそう思った。ぎしり、ため息と共に体を預ければ背もたれが軋む音を立てる。
 は、いつもすっごい一生懸命にぴょこぴょこ跳ね回ってるのがバチュルみたいにかわいくって……つい気にかけちゃう部下だ。そんな子の誕生日なんだもん、ぜったいお祝いして、そしていっぱい喜んでほしい。
 でも、どうしよう。あげる日はのおやすみの前後で良いとして……ぼくは、あの子に何を贈ろう。お花だけでも良いけれど、こうして早めに知ったからには、やっぱり一緒に何かプレゼントしてあげたいと思う。
 消え物が良いってよく聞くよね。やっぱり女の子はケーキやお菓子が良いのかな。この間ホドモエシティにカロスのお店を誘致したって聞いたっけ。でも、誕生日におやすみするなら、ケーキはその日に食べちゃうかな? 甘い物、たくさん食べるのも辛いよね。うーん、却下。じゃあもっと別の……アイテム類? ポケモンたちに使うものなら貰って困ることも無さそう! ……いや、確かに無難だしぼくなら嬉しいけど、この職場だと〝お仕事がんばれ〟感が強くなっちゃう気がする。できれば、上司からって雰囲気はそんなに出したくない。お祝いごとにお仕事がちらつくのって、大体みんな嫌だろうから。
 それにやっぱり、せっかくならが気に入って、喜んで使って貰えるものが良いな。高級ボールペンはどうかな。ぼくが贈ったものをが使っている姿なんかを見られたら、ぼくはすっごく嬉しいだろうけど……はどうなんだろう、これも仕事感出ちゃうかなあ。やっぱり、だめ。かといって、化粧品やお洋服は本人の好みがあるだろうし、渡されても困るよね。あー、だめだめ。じゃあネックレスとか、指輪……いやいや、飛躍しすぎ。もっとだめでしょ。恋人じゃないんだから。ぼく、はかわいいって思うだけで、そういうんじゃないし! ……たぶん。
 ……あれ?
 指輪以前にそもそも、よく考えたらぼくって……とそこまで距離近くないんじゃ……⁉ 恋人どころか、友人って感じでもない。そもそも誕生日だって知らなかったわけだし、味やファッションの好みも聞いたことないや……まあ、あの子のポケモンやバトルの好みや癖は誰よりも知ってるつもりだけど。でも職場でしか会わないし、休憩時間もそんなに被らないし、ぼくも彼女も真面目に仕事してるから雑談だってそんなにしない。部下にはみんなぼくなりに気を配ってるから、指示したり仕事のこと、ポケモンやバトルのお話はいっぱいするけど……もしかしなくても、ぼく、〝ただの上司〟じゃない? これ。
 えー、からしたらお仕事頑張ってるだけで上司から変に好かれても困るよね……? いやそういう〝好く〟じゃないけど! ……きっと。
 あー面倒くさい! ぼくはに喜んで欲しいだけなのに! いや何をあげても喜んではくれるだろうけど、それだけじゃつまらない。本気で考えて、本気でお祝いして、その時のの笑顔が見てみたい。どうしたらいいんだろう。さて、どうしようかな。
 ……そんなふうにうんうん悩んでたら、一週間あっという間に過ぎちゃった。そんなことある? びっくりした。もう、ずーーーーっと、のこと考えちゃうし、のこと目で追っちゃう。なにが好きかな、なにが苦手かなって。それはそれで色んな発見があって楽しかったんだけど、いつもの自分じゃない感じもしてモヤモヤもする。思いついたらそのことだけに一直線、全速全身出発進行はノボリの役目。ぼくの役目はみんなで楽しく進めるように視野を広く周りを見て安全確認準備オッケーすること。それなのに、このぼくがこんなことになっちゃうなんて。
「う〜〜〜〜〜〜〜ん」
「どうしたんですか、クダリボス」
 唸っていたら、一週間前と同じようにがぼくの横に立っていた。あの時と違うのは、差し出されたのが紙ペラじゃなくてちょっと厚みのある書類なことと、ちょっと心配そうな顔をしていること。書類は全然うれしくないけど、が気に掛けてくれてるのは胸がうきうきして、ぼくはいつもよりも気持ちにっこり笑い返した。
「あのね、ぼく、がんじがらめになっちゃって、うごけないの」
「えっ」
「元気で可愛いバチュルにエレキネットもらっちゃって、もう大変」
「ええっ」
「なんて、ジョーダン。書類、ありがと」
 笑いながら書類を受け取ってあげると、はからかわれたっていうのにびっくりしちゃいましたーなんて、いつも楽しそうに光る綺麗な目を細めて笑い返してくれた。
「あ! ……今、確認しちゃうから待ってて」
 だから、ぼくの口からは、引き止める言葉が勝手に飛び出しちゃった。……ぼくはのことでこんなに悶々としているんだから構ってくれてもいいのにって思う気持ちが、ほんのちょっとも無いわけじゃないけど。まったく、我ながら勝手な上司だ。
 ただ、手持ち無沙汰にぼくのチェックを待つは、探りを入れるには絶好の機会だ。ぼくは自分への呆れを飲み込み、文字を目で追いながらもあくまで雑談の振りをして彼女に話を振った。
「そういえば、誕生日はなにするの?」
「えっと……その、恥ずかしいんですが……」
 視界の端っこで、がまたもじもじしている。……もしかして、恋人とデートかな? そうだったらどうしよう。いやいや、どうもしないでしょ、ぼくはの上司、贈れるプレゼントの幅が狭まるから困る、そうそれだけ。手袋の下の指先がちょっと冷たいのは、気のせい。誤魔化すようにいたずらに書類を捲ったところで、の上擦った答えが返ってきた。
「バトルサブウェイに、挑戦しようかなって思ってます!」
「…………」
「あ、いや、仕事中毒とかじゃなくて! その、実家は少し遠いし友達はみんな仕事なので……あ、帰りにケーキくらい買おうかなとは思っていますよ!」
 の答えにぼくは気が抜けちゃって、今度は飲み込めずに大きなため息が出た。は、ぼくに寂しいやつと呆れられたと勘違いしたのか照れ隠しのように捲し立てている。挑戦者としてしばらく乗っていないからとか、うちの子たちの構成をじっくり見直したくてとか、お口とジェスチャーがくるくる動く。やっぱり小さいポケモンみたいでかわいいけど、そんなに慌てなくってもいいのに。ぼくとしてはほっとしてるだけなんだから。
「あの……クダリボス?」
 ため息を吐き切ったぼくは、彼女の両肩に手を置いていた。思ったより勢いがついて立ち上がった拍子にデスクの上に書類が散らかったけれど、ぼくの胸を満たす喜びに比べたらそんなことはどうでもよかった。
 ──まったく、ぼくたち兄弟も仕事が好きだけど……やっぱり彼女もバトルサブウェイの人間だ!
「……どっち?」
「え?」
「どっちに乗るの。教えて。今」
「えっと、ダ……ダブルにしようかなー、と」
 驚いた顔をしながら、がしどろもどろに答えてくれた。ここでシングルですだなんてお返事されたら大変だった。ノボリに入れ替わろうってお願いしなきゃとか、なんて言い訳しようかなとか、編成と技構成どうしようかなとか、色々考えることが増えるところだったから。ああよかった! そう思うと彼女の肩を掴む指に力が篭っちゃう。
「ね、。四八連勝して、絶対ぼくに会いにきて」
「は……はい! 勿論やるからには目指しますよ、〝打倒サブウェイマスター〟!」
 のまんまるなおめめが、ぼくのお願いを聞いた途端に一変する。ぎらり、本気のトレーナーが見せるその光は、ぼくがあの場でお客様たちを待ち続ける理由のひとつ、ぼくの何より大好きな色だ。うん、やっぱり、この機会は逃せない。そう思ったら、僕の口は止まらなかった。
「そうだ、、ぼくお花持って待っててあげる。いっぱいお祝いしてあげる。すっごいバトル、しよう! 終わったら、どこにでも連れて行ってあげる。観覧車? カミツレのショー? ホドモエシティ? ジョインアベニュー? なんでもいいよ。教えて、はなにでよろこぶの? ぼく、なんでも用意してあげる!」
 ……そうだよ、彼女本人と誕生日に会えるんだもん。用事は無いって言ってたし、プレゼントが一つだけじゃないとダメなんてこともない。が好きなもの、好きなこと、本人に聞いて、なんでもしてあげればいいんだ。そう気付いてしまえば、あんなに悩んでいたことが嘘みたいにぼくはに詰め寄っていた。
「えっと、ちょっと、あのっ! ……私、休日にクダリボスに会えるってだけでも、充分、嬉しいです!」
 はぼくにがくんがくん揺らされながらも必死にそんなことを言う。それがどうにもかわいくってしかたなくって、胸がぎゅーってなるのをぼくは眉間に皺を寄せて堪えた。
「……あのね、、そういうこと言っちゃだめ。勘違いするかも知れないでしょ。ぼくだからいいけど……っわ!」
 いきなりに腕を叩かれて、びっくり。か弱くってなんともなかったけど、多分、振り解こうとしたのかな? びくともしなくてごめんねと思いながらちょっと手を離してあげると、ふいっとそっぽを向かれちゃった。眉毛がつりあがってて、ノボリとおんなじ口になっている。わあ、珍しい、の怒った顔だ。いつもニコニコしているから新鮮だなあなんてその横顔をしばらく眺めていると、じわじわとダルマッカみたいな色になっていった。
「く……クダリボスが先に言ったんですよ! 勘違い、するようなこと、あのっデートしてくれる、って……‼」
 あれ、、怒ってるんじゃないの? デート? 勘違い? ん? どういうこと? ……思考が緊急停止しちゃってぼくがぼけーっとしていると、はやけくそだっていう風に、かわいいほっぺをぼくに見せたまんまお願いごとをしてくれた。
「そしたら、バトルのアドバイス、してください! あの、カフェとかでケーキ……一緒に、食べながら」
「……あのね、とっておきのとこ、予約しとくね。一種類ずつ全部くださいって、お願いしとくから」
 絶対ですよと相変わらず怒ったみたいに念押しして、のしのしと大股で席に戻っていくを見送って、ぼくはどっかりと身体を背もたれに預けた。
「……あ、書類、渡してないや」


あとがき
リクの「うんうん悩む」って文言がかわいい
自覚しかけの無自覚すき (220817)


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