誕生日ネタ


「……あの」
 返事は無い。私の視界を全てその長身と幅広のコートで遮り影を落とすクダリさんは、まばたきひとつせず身じろぎもせずじ……っとただただ私を見下ろしていた。
「なにか怒って、ます?」
「うん、正解」
 私の頭の横にはクダリさんの両腕がピシッと真っ直ぐ突き立っていて、左右に逸れて逃げることもできない。出会うや否や無言でズンズンと近づいてきたかと思ったらこんな状態で凝視をされ続けて、早十分ほどだろうか。困惑しながら色々声をかけても反応がなく、ようやく返事が貰えたと思えばなにやら気に食わないことがあるらしい。気まずい。コワイ。
「きみ、ぼくに言ってないことあるよね」
 なんだろう。私とクダリさんは普段休みの時間が被ることが多く、給湯室やら休憩室やら顔を合わせる機会が多い。最初こそビビり散らしていたが、いつの間にか雑談したりそのまま時々バトルサブウェイに拉致……もといお邪魔したり散歩と称してサボらされたりする仲にはなっている。でも、クダリさんとはあくまで部署も職場も違う人員だから仕事上でなにか伝え忘れているなんてことはない、はずだ。あ、この間クダリさんが食べに行きたいけど仕事が忙しいってぶーたれていたヒウンアイスの限定フレーバーを抜け駆けして食べたけど、あれのことかな……。
「誕生日。なんで教えてくれなかったの」
「……え?」
 返答に困る。確かに、今日は私の誕生日だ。でもまあ子供じゃあるまいし、友達ならさておき職場でわざわざ自分から人に言いふらしたりはしていない。頭ひとつ高いクダリさんからの圧でしどろもどろになりながらもそう伝えると、ギュゥ、と眉間に皺が寄るのが見えた。
「でも、恋人には教えるでしょ」
「それは……そうですね、きっと」
 冷や汗が止まらない。恋人とか、いったいどこから出てきた話題だろう。いつかの雑談の中で独り身だって言ったことがあったような気はするから、なんか色々とすれ違っている。
 クダリさんはというと一瞬きょとんとして、すぐに何か考えるようにまた黙り込んでしまった。眉間の皺が無くなったのは良いけれど、いつまでこの状態のままなんだろう。誰かに見られたら勘違いされてクダリさんも迷惑じゃないのかな……。
「あの、クダリさ」
「わかった」
「え、」
「うん、ぼく、勘違いしてた」
「え、え?」
 なにやらうんうんと頷いたかと思いきや、パッとクダリさんが離れてくれた。両側にあった手は、壁の代わりに私の両手を取ってブンブンと振り回し始めた。肩が抜けそう。
「今度のおやすみ、空けといて! ぼく、きみの誕生日お祝いするから」
「おやすみ……?」
 珍しい、というか、初めてだと思う。クダリさんが休日に遊ぼうと言い出すのは。最近は慣れてきたけれど、クダリさんは頭がいいからか、その頭の中で完結しがちで発言が色々と急だ。
 わざわざ忙しいサブウェイマスターの休日を費やしてまで私のお祝いしてもらうなんて申し訳ない。それこそ恋人でもないし。でも当のクダリさんはなんだか楽しそうに目を輝かせているし、よく分からないけれど頷かない限り解放されそうにない勢いだし……。
 釈然としないまま首を縦に振ると、今度はパッと手を離したかと思えばギュウギュウと私のことを抱きしめてきた。その力強い抱擁と、シャツに顔を押し付けられてしまって、息が苦しい。なんというか、意外にスキンシップの激しい人だ……!
「うぅ、く、ダリざ……!?」
「あのね、覚悟しといて。すーーーっごく楽しいデート、する」
 期待しておいて、じゃないのか。
 その〝覚悟〟の意味をまだ知らない私は、開放されぐったりと壁によりかかりながら……ウキウキと立ち去っていくクダリさんの背中を見送った。


あとがき
沼田さんへ捧げ物。おめでとうございます! (220702 修正221201)


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