番外(4話以降)・短い


 ひどく寒い日だった。地下では天気など関係ないが、地上で雪が降っていないことが不思議なくらいに、どこもかしこも震える寒さだった。
 早々に作業を切り上げた私は、冷える身体を抱えるようにして備品庫へ転がり込んだ。この部屋も冷蔵庫のような冷えようだったが、ここにはクダリさんの持ち込んだストーブがある。灯油は十分に入っている。補充するは何故かいつも私の役目だ。そろそろ買い足さなければ……そう思いながらカチカチとスイッチを弄れば火が灯る音がした。一酸化炭素中毒に注意して換気口を開けると、当然だがそこからは一層ひんやりとした空気が漂う。部屋が暖まるまでの間すらしんどいほどのこの寒さ、どう耐えようか。気休めにしかならないが手で身体を擦り擦り狭い倉庫を見渡すと、無骨な工具だらけのこの場所で柔らかそうなシルエットが目に入った。
「毛布……?」
 いつから持ち込まれていたのだろうか。この場で見覚えのないものに関しては、私は全てクダリさんの私物だと思っているのだが、恐らくそのひとつだろうふわふわで大きな毛布が数枚畳まれていた。あの人はよく昼寝をしにここに来るから、きっとそれ用に違いなかった。空いているスペースとはいえ、毛布を避ければハンガーだのポケモンに使うどうぐだの、まるで巣か何かのように私物が転がっている。よくもまあここまで持ち込んだものだ……そして、私も気付かなかったものだ。
 ……場所代として、ちょっとくらい借りても良いだろう。私は突っ込まれた毛布のうち一つを床に敷き、その上で一つに包まった。

 ***

 今日はとーーーっても、寒い。挑戦者とのバトル中は熱かったけれど、終えてホームに戻ったらもうすぐに身体がブルリと震えるようだった。幸い、今日中にすぐやらなきゃいけないお仕事はなかったし、こんな時は“あそこ”でのんびり過ごすに限る。そう思い立ったぼくは、ノボリに捕まらないようにそそくさと従業員通路へと滑り込んだ。
 あの部屋の主の行動パターンはなんとなく把握していたし、ぼくは勘がよくはたらく方だから、行けばだいたい扉の鍵は空いている。手袋越しにも冷たいドアノブをそっと捻る。よかった、今日もどうやら当たりのようだ。静かに入るのは、いつもの仕事を邪魔しないようにというぼくなりの配慮だったけど、驚くが面白いから最近はわざとそうしている部分もちょっとある。
「……あれ?」
 使わない棚を組み合わせた簡素な机。そこにいつもある作業服の背中がない。でも、この部屋は廊下より暖かい。ストーブが点いた状態で、責任感の強いが席を外すとは思えない。そう思って適当な物陰を覗けば、狭い部屋だからすぐ見つかった。
「ミノムッチだ」
 ぼくが暖を取るために積み上げた備品の箱の隙間、そこの床にもこもこのミノムッチがいた。ぼくが何か持ち込むと、いっつも文句を言いたげな目で見るくせに、ぼくが小分けにこっそり持ち込んだ毛布に包まれて、が眠ってる。
 まったく、ってほんと不用心。真面目で集中力があって、ぼくの侵入にいつも気付かない。自分のことが好きって人の目も気付かないから、ぼくとしてはこの間は面白いものが見られたけれど。今日も、入ってきたのがぼくだから良いけれど、この間みたいな男の人だったらどうする気だったんだろう。ぼくがここで女の子と仲良くしようとしてるのも見てたのに。まったく、しっかりしてるのにうっかりしてて、面白い子だよね。
「……ん……ぅう……くだり、さ……」
「ん?」
 もぞり、が寝返りを打つ。やっぱり寒いのかな、毛布を抱き込んでぎゅっと丸くなっちゃった。それよりも、がぼくの名前を呟いたことが気になる。寝言でぼくの名前を呼ぶ女の子はみんな可愛いんだけど、ときたら全然そんなことない! 眉間にぎっちり皺を寄せてしまいにはやめてくださいなんて苦しそうな声を出している。あのね、、寝てても失礼とか、逆にすごいから。ぼくのストーブと毛布と仮眠スペース使っておいて、そんなに嫌そうな態度をとるのなんて、この子くらいだ。……ストーブの整備と灯油の補充はに任せてるけど。
「……あふ」
 突っ立ったままを観察してたら、ストーブのぽかぽかした熱がじんわりと制服に染み込んできて、つい大きなあくびが出ちゃった。そういえば、ぼくだって仮眠しにやってきたんだった。
 ぼくはと違ってちゃんとしてるから、ドアの内鍵もしっかりかける。それからそっとを跨いで制服と帽子をハンガーにかけ、最後の1枚の毛布を引っ張り出す。ぼくは体が大きいから被る用は2枚、下に敷く用で1枚を持ち込んでた。……このままじゃ寒いし、寝る場所もないから仕方ないよね。そうしてぼくは丁度が寝返りをうった後ろに潜り込み、おあえつらむきにもこもこで良いサイズの抱き枕をかかえこんだ。
「あったかい!」
 そのまま、ぼくはぬくぬくと暖をとりながら目を瞑った。

 ***

 ……一体、何がどうしてこの状況になっているのか。誰か教えてほしい! 内心叫び声を上げながら、状況を整理する。適当に暖を取ったら書類を片付けようと思っていたのに、私としたことがいつの間にか眠ってしまったらしい。デスク横の棚に引っ掛けた時計を見ると、大体45分くらいは眠っていたようだ。仕事中の居眠りにしては豪快すぎる。やらかした、そこまでは分かる。
 分からないのは、なんで後ろから人に抱きしめられているのかということ。毛布にくるまった状態で、後ろから回ってきている長い腕と長い脚にさらに巻きつかれて、全く身動きが取れない。必死で唯一動く目をぐるぐる回すと、ハンガー引っ掛かっているのは見覚えのある白い制服と帽子。私を抱え込んでいる脚の白いスラックスもそうだ。一体、何がどうして私がクダリさんの抱き枕になっているのか。誰か教えてほしい!
 もぞもぞ、抜け出そうともがいても身じろぎしかできない。寝ているというのに、クダリさんときたら相変わらずの馬鹿力で私を拘束している。すっぽり収まっている私の頭上から聞こえるのはすやすやと私の動揺に対して憎たらしいほど規則正しい寝息。
 馬鹿じゃないのか。この状況を誰かに見られたらどうするつもりだというんだ。変な勘違いでもされたら非常に心外だ。トラブルに100%なる。前に男だって女だって侵入してきているというのに!
「……んー……」
 んー、ではない。諦めず再度もがいてみれば、静かにしろとでも言うようにさらに腕と脚に力がこもって、強制的に身じろぎすら封じられてしまう。辛うじて片手が毛布の隙間から出せただけだ。そのまま片手だけでなんとかしようとしていると、ピロピロ、いつか聞いた電子音が鳴り始めた。クダリさんのライブキャスターだ。そして恐らく相手はノボリさん。ああ、ノボリさんの着信にはいつも助けられている。私はなんとかクダリさんのライブキャスターに手を伸ばした。


(221027)


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