今日はハロウィンだ。イベントごとはお客様が一気に増える。その分、ここバトルサブウェイの職員たちは車掌から鉄道員から事務員から、そして整備部もいつも以上に気を使って職務に当たっていた。勿論その一員である私も、運行時間の空く車両や路線の点検に駆り出されていた。こういう日はいつも目が回るような忙しさだが、この施設の肝であるバトル担当の鉄道員たちなんかは、恐らく私たち以上の激務だろう。
 ホームから線路沿いに数十メートルほど、普段は使われない側線の予備点検のキリが良いところで先輩が工具から手を離して額を拭った。冬だというのに皆汗が滲んでいる。
「ひとまず休憩にしようか」
「了解です」
「あ、休憩? 丁度よかった」
「いやほんと、疲れましたね……えっ!?」
 そう、だから、いくらあの男が自由気ままの化身とはいえ、こんなところに居るはずがないのだ。このバトルサブウェイの目玉も目玉、今日のようなイベントならなおさら引っ張りだこであろうサブウェイマスターの登場に、チーム全員が固まってしまった。私も、全身の白さも相まってハロウィンらしく本物のお化けでも出たかと驚いた。
 しかしクダリさんはいつも通り周りを気にする様子もなく私を見下ろし、ぷりぷりと珍しく分かりやすく苛立ちを見せた。
「あのね、ちゃんと電話とって。ぼくに探させないで、アイアント疲れてるんだから」
「えぇ……いや、私も仕事中なんですけど……」
「とりあえず、ねえ、言うことあるでしょ。言って」
 クダリさんが人の話を聞かないのはだいたいいつもの事だが、今日は輪をかけてせかせかとしている。やはり忙しいは忙しいのだろうか。その上で私に一体なんの用だというんだ。あとアイアントに関しては言いがかりだと思う。文句を言おうか迷うが、私も早朝から働き詰めでくたくただし、先輩たちは休むに休めずに所在無さげだし、クダリさんは「はやく、はやく」とうるさい。
 そこでようやくクダリさんに正対してみれば、そのコートがぽっこりと膨らんでいた。あの制服、ポケットなんてあったのか。しかしそれ以上に気になるのは、いつも行進でもしているのかというほど真っ直ぐぶんぶんと振り回される長い両腕が、後ろ手に回されて出てこないということだった。まあ、日付も日付だし、“そういうこと”なんだろう。
「もしかして“トリックオアトリート”で、」
「はい正解」
「うっわ! 痛い!」
 バラバラバラバラ……私が言い切るよりも早く、頭上からお菓子の山に襲われた。どうやら背中に隠していたのはこれらをパンパンに詰め込んでいた袋だったらしい。それを私に向けて真っ逆さまに空にして満足したのか、もう私には目もくれずポケットの中身をせっせと詰め直している。よくもまあ固そうなコートにそれだけ詰め込んだものだと感心したくなるほどにポケットから湧き出てくるのは、全て駄菓子に見えた。
「勘弁してくださいよ、これじゃあトリック“アンド”トリートじゃないですか……」
「なに、不満? 食い意地はってるね。でもこっちはだめ」
「違います! クダリさんにだけはそう言われたくないです」
「あのね、こっちはぼくが食べるんじゃないから。こういう行事は、小さいお客様に楽しんでもらうのがイチバンでしょ。……なに? また失礼なこと考えてる顔してる」
「……クダリさん、そういう真っ当な大人みたいな倫理観あったんですね」
「はー、きみ、無礼にかけて右に出るものない」
 すっかりお菓子の移動が完了したのか、またパンパンになった袋をぶら下げて、クダリさんは満足そうに頷いた。
「じゃ、ぼく仕事戻るから。今日、お客様いっぱい。これ以上に構ってられないの」
「はあそうですか、ありがとうございます……え、これのためにわざわざ抜け出してきたんですか?」
「そ。整備頑張ってくれてるから、差し入れ。たくさん感謝してね」
 えっへん、なんて腰に手を当ててドヤ顔をしたかと思うと、くるりと踵を返してさっさと去っていってしまった。ううん、恩着せがましい。
 まさしく嵐が去っていったあとのようにばらばらと地面に転がり広がっているお菓子たちを拾ってみれば、どれもこれもそこそこお値段の張るお菓子たちだ。
「……?」
 そして、どれもこれも、見覚えのあるものだった。具体的に言えば、私が備品庫に備蓄し、クダリさんの盗み食いでいつも消えていくお菓子たちだ。しかも、私がたいてい給料日後に買うお気に入りのブランドが割合多く見えた。
 ……まったく、あれで人のことをよく見ている。本当に食えない男だ。そう驚きと感心半々に摘んだお菓子を見つめていると、お前よくあの人に気に入られて無事だなあ、よくあれと対等に話できるなあ、なんて先輩や同僚たちに肩を叩かれた。正気に戻ったのか各々お菓子を拾って休憩に入る彼らに、私は少し悩んでから「自分もそう思います」と苦笑で返した。


(221101)


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