なんやかんやあってくっついたあとの世界線の完全番外編


 はあぁ…………!
 何度目かの深く大きなため息の後に、ギーマは読んでいた本を閉じた。しかし、彼のため息ではない。

「やっぱりハチクさんはかっ……こいいな……!! いやあ、もう、本当に、名優としか言いようがない……」

 うっとりという形容がこの上なく似合うほど浮かれた女の吐息だ。ギーマの部屋に訪れてからというもの、はパンフレットを開いたり閉じたり、ブロマイドを眺めたり胸に抱いたり、かれこれ1時間は忙しなくこんな調子だった。
 やれやれ、ギーマは肩をすくめて笑う。微笑ましいものを愛でるそれは、恋人であるのミーハーな性格を知っての上でのものだ。
 確かに、今日は午前中にシキミと映画を観に行ってからリーグに顔を出しにくるとは聞いていたが、ここまでとは。よほど面白い映画だったのだろうか……隣でずっとそわそわうきうきとされては読書も思うようには捗らない。それならそれでと、そろそろに話でも振ろうかという時だった。

「はー……本当に素敵……私もドラキュラ=ハチクマンに吸われたい……!」

 言われてみれば、恋人の撫でているパンフレットも、抱いているブロマイドも、創作でよく見かけるドラキュラ伯爵ずばりそのものの姿のハチクが写っていた。

「絶対また観に行く……私も噛まれたぃギャッ!?」

 かぷり。突然走った痛みに、が首に手を当てて悲鳴をあげる。ついでに、びっくりして手に持っていたあれそれがばさばさと落ちてしまった。は目を白黒させながらもそれを拾おうとするが、横から伸びてきた腕がそれを許さなかった。

「ぎゃっ!?」

 隙をつかれる形でいとも簡単にソファに転がされてしまったからは、色気のかけらもない短い悲鳴が上がった。そのままのそりと体重を掛けられては、ついムッとした目を向けてしまう。

「ギーマさん、何するんですか! ッぁ痛た!!」
「いやなに、わたしという者がありながらそんなにもうっとりとされてしまってはね……まったく、妬けてしまうぜ」

 そう言って見下ろすギーマの細まった瞼の奥の、まるで笑ってはいない色を認識したところで……はようやく自分が口走っていたことの危うさに気付いたらしい。あー、うー、と意味のない呻き声を上げて目を泳がせ始めた。

「ウワッ! あの、えっと……フィクションの話ですよ?」
「分かっているよ」
「痛ったい! 甘噛みやめてください!」
「分かったよ」

 流れるように何度も何度も、貫かないようにだけ気を付けながら首に牙を当ててくるギーマの肩をが苛立ち混じりにグイと押すと、意外にもすんなりと承諾が返ってきた。しかし、変わらず自分にのしかかったままだし、むしろ覆いかぶさるように体位を調整する男に、は若干の焦りを覚える。いつも優雅で悠然としており、嫌がることは嫌という前に察してやめるような自分にはできすぎた恋人が、まるでいつもと違う様子なのだ。

「ぎ、ギーマさん……? あのー、」
「きみの望み通り、甘噛みはやめて……“食事”にしようか」

 派手なシャンデリアの灯りを背負ったギーマの宣言に、は途端に慌て出した。逆光の中、ゾッとするほど綺麗に光る瞳と美しい微笑みが、再び迫る。必死に肩に手を当てたが、今度はまるで意味をなさなかった。
 の首すじ、鎖骨、肩口にぬるりと“食事”の下準備が這い動く。勝手知ったるとでもいうようなその舌の闊歩に合わせて、まるで抵抗の利かない反射反応が声帯と身体を震わせた。

「んっ、え、うそ、アッ、もしかして、怒ってます……?」
「まさか。ただ、リスクヘッジも必要だなと思っただけさ。むしろ、そうと気付かせてくれたきみには感謝しているくらいだぜ」
「り、リスクヘッジ……うわ、ひゃっ!?」
「そうだ。きみがもし他の吸血鬼と出会うことがあっても目移りしないように……しっかりと刻み込んでおいてあげよう」

 の弁解は言葉になることはなく、部屋にはその代わりにとリップ音と水音が響くばかりだった。

 ***

「はー、4回観てもやっぱり最高だなあ……! で、どうでした? “ドラキュラ=ハチクマン”」
「……名作、だな……」


あとがき
ギーマさんのことをスパダリだと思っているから、どうしたら嫉妬してくれるのかなって考えたら思い浮かんだ 我慢できなくて書いてしまった (221022)


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