パシオのアローラのギーマさん(ややこしい)とパシオの職員夢主


「びっ………………くり、させないで、ください!!」

 死んでいるのかと思ったじゃないですかと叫び、抱き起こした海水と砂まみれの上体を苛立ち交じりに揺する。それに合わせて白の混じった髪からポタポタと雫を落とすギーマさんが緩く笑った。

「勝手に勘違いしたのはきみだろう?」

 勘違いも何も、仕事を終えて帰宅がてら夜の浜辺でも散歩しようかなと鼻歌混じりに歩いているところに、色白で目元にクマをくっきりつけてやつれた見た目の人が波打ち際に横たわっていたら……誰だって血の気くらい失せるわ! あんなの、どう考えても入水自殺か、打ち上げられた死体にしか見えなかった……。

「って、ああもう、また!」

 手を離すと立ち上がってくれるどころか、すぐにそのまま重力に身を任せ、ざぱんと音を立てて穏やかに波の押し寄せる浅瀬に再び横たわってしまった。
 この服は中々に乾きも早いんだぜ、なんて得意気に嘯いているが、そういう話じゃない。パシオで働く職員として、トレーナーにみすみす風邪をひかせてしまったり……最悪寝たまま溺れかねないところを見過ごせない。そんなことになれば、あの優しい王子様が気に病むかもしれない。それは気が引ける。

「お願いですから、起きてくださいよぉ」
「きみ……」

 ゆうらり、と普段の彼のような幽玄さでその手が浮く。私に向かって揺れていて、なんとなく引き寄せられるように手を伸ばしてしまった。
 触れるかどうかの刹那、ギーマさんは一変して素早くがっつりと私の腕を掴んで引っ張った。

「うわっ、ぷ、ぅえ、しょっ……ぱあ!」
「ふ、くく……あっはっはっはっはっは……」

 急に横に転がされて慌てふためく私を眺めて、ギーマさんが珍しく大きな口を開けている。ひとしきり笑い尽くしたかと思うと、ほうとため息をひとつ吐いた。……いや冗談じゃない、口には思い切り海水が入り込み、服はぐしょぐしょ……ため息をつきたいのは私の方だ……!

「ほら、なかなかに綺麗な星空だぜ。アローラには及ばないかもしれないけれどね」

 ついとギーマさんが仰向けに眺める先に視線を合わせれば、確かに見上げる人工島パシオの夜空には……天然の星々が散らばり各々がきらめいていた。アローラのことは分からないが、このパシオにやってきてすぐの頃は、感動して毎晩寝る前に見上げていたっけ。すっかり忘れていたけれど。

「波の音も、感触も心地良い。一緒にのんびり涼んでいこうじゃないか……わたしに構ってくれるくらいだ、別段急ぎではないんだろう?」

 いけしゃあしゃあと人を暇人扱いして……と文句の一つでも言おうかと思ったけれど、まあ確かにざざん、ざざん、と身体の表面を優しく撫でていく波と音に免じて、ため息ひとつで許すことにした。

「……風邪引いたら、恨みますよ」

 隣の暇人に倣って、肩の力を抜く。濡れた服越しにくっついていたギーマさんの腕は、意外に温かかった。


(220706)


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