リーグスタッフ夢主 出られない部屋ネタ



 散々部屋中探し回って、「食パン1斤をくり抜いた中身ってきっとこんな感じなんだろうな」という感想しか出てこないくらいに何にもなかった。
 手持ちのボールも無ければライブキャスターもない。私はただ途方に暮れて、口元に手を当ててなにかを考えている敬愛するギーマさんの隣に棒立ちになっていた。

 【どちらかがもう一方を押し倒さないと出られない部屋】

 どういうわけかそう書かれた壁。それを眺めていたギーマさんが、ふう、と短く息を吐いた。その指先にはいつの間にやら摘まれたコインがきらりと光る。

「なるほど。……きみ、表と裏はどちらが良い?」
「え? あ、う、裏で……」

 私の震える声を気にせず弾かれたコインは澄んだ金属音を立てて宙を舞う。ギーマさんが手の甲で受け止めたその絵柄は……私の指定したものだった。手品のようにくるりとコインを消した手でギーマさんは短い拍手をくれた。

「おめでとう、きみの勝ちだ。さて、どうする?」
「どう……?」

 ギーマさんの頭が質問と共にこてんと倒された。楽しげに細められた瞳が私の間抜けな顔を眺めている。

「きみが押し倒すのと、わたしに押し倒されるの……好きな方を選ぶといい」

 ひぃ、と喉から引き攣った音が出てしまった。ギーマさんは、なんと、この壁に書かれた謎の指令に従うつもりなんだ。押し倒す、たった4文字。簡単に書かれているけど、いやとんでもないことだよ!
 ギーマさん、私と一緒に閉じ込められているのは、“ギーマさん”なんですよ!?
 私が憧れすぎてバトル研究しまくって何度も何度も押しかけ頼み込む形で無理矢理リーグスタッフにしてもらってさらに付き纏わせてもらってる相手の、あのギーマさんですよ!?
 脳内で誰へともなしに叫ぶ。当然返事はない。ただ混乱した私の垂れ流す冷や汗が勢いを増していくだけだ。
 ちらりとご意志を伺うように見ても「わたしはどちらでも構わないぜ」と面白そうに追い討ちをかけてくるだけだった。……ああ、やっぱり顔が良い。いつでも静かに何かを探っている、涼やかな青い目が特別好きだけれど、すっと通った鼻も、いつもシニカルで優雅な笑みを繕った口元もとても素敵だと思う。スタイルだって良い。燕尾服モチーフのスーツなんてお洒落すぎて、前からも後ろもどこから見てもやっぱり格好良くてどうにかなりそうだといつも思う。まったく、この人の補佐としてリーグスタッフの仕事につけたのは人生の僥倖だった。ギーマさん自身が私の日々生きることと働くことのモチベーションと言っても過言ではない。
 えっ? 押し倒されるを選択したら、この最高すぎる憧れの人の姿が迫ってくるってこと? いや、いやいやいや、無理、無理でしょう!? どう考えても心臓が保たない。推しは眺めるに限る。接触はいらない。この白い空間が私の棺桶になってしまう。そうしたら条件が満たせなくなってギーマさんをみちずれにしてしまうのか……それは、困る……!

「……ぉぉお、おし、たおす、ほうで……」
「ん? どちらが、どちらをかな」
「わたし、が、ぎーまさん、を……ぉおしたおすほう、で………………!!」
「そうだね、わたしも硬い床に女性を寝転ばせるのは心苦しい」

 苦渋の決断だけれど、せめて、心の準備をして、自分のペースでやる方が、まだ人の形を保てる気がした。それ故に私が、ギーマさんを、おし、おおお、おしたお、す方を、選んだんだけど……ギーマさんにはなんてこともないようにさらっと頷かれてしまった。絶対に私の動揺なんて分かりきっているだろうに、ギーマさんはにこにこと私を見下ろしている。ううん、楽しそうでなによりです。

「でも、ええと……それで、どうしたら……!?」
「そうだな。とりあえず、座ろうか」

 立ったままで倒れるのは危ないからね、と至極真っ当なことを言いながらギーマさんがその長い脚を折る。腰を下ろすならばいつもは椅子で脚を組んでいる様子ばかり見ているから、ギーマさんが地べたに座っているというだけでなんだかどぎまぎしてしまう。
 オロオロする私に、ギーマさんは、ふ、と吐息を零した。

「きみはこっちだ」
「アッ、は、ハイ! ……こ、こっち……?」
「わたしの脚の上だよ。そうしないとできないだろう?」

 ほら、とギーマさんが脚を叩いて私を呼ぶ。え、え? あそこに座れと? いや、確かに、私がこう棒立ちしていても条件は満たせないわけだけど、え? ギーマさんの御御足の上に? 向き合って? 私が? 固まってしまった私に、ギーマさんは子供に言い含めるように、わざとらしいほどにゆっくりとおいうちをかけてきた。

「わたしを、押し倒せないだろう?」

 本日何度目になるか分からない奇妙な音が喉の奥で鳴った。繰り返さないで欲しい、その、おし、押し倒す、というのを! 手と足、同じ方向を出しそうになるほどテンパりながら、なんとかギーマさんに近づいていく。仕方ないんだ。私が頑張らなきゃ、ギーマさんの時間がどんどん無駄になってしまう。それはまずい、イッシュの、いや世界の損失だ。

「そうだ。そうやって、わたしを跨ぐように」

 私が必死に自分に言い聞かせ心を無にしようとしているのに、ギーマさんはそうさせまいとでもするように口を挟んで揺さぶってくる。心なしか楽しそうな声色だ。

「そのまま、腰を下ろして……そう、良い子だね」

 ぐうぅ。喉の奥から呻き声が無限に出てくる。絶対この人、わざといやらしい雰囲気を出して私を揶揄っている。かといって、黙っててくださいなんて口が裂けても言えない。

「どうした?」
「どう、って……」
「きみが動かないと、終わらないぜ。まあ、きみがこのままでいたいというならそうしようか」
「い、いやっそれはっ……ぐ、ぅうえぇ……し、失礼、します……ッ!」
「構わないぜ、失礼されよう」

 女は度胸と覚悟を決めてギーマさんに手を伸ばすと、男は愛嬌とばかりに笑ったギーマさんの両腕が私の両脇を通っていった。予想外で私が固まっているうちに、その両手は私の腰の後ろでそっと組まれてしまった。
 いや違う違う、これはバランスを取るため、私を支えてくれるためにやっているだけで、抱きしめてもらっているわけじゃない。落ち着け、落ち着くんだ。じこあんじをかけながら、改めて恐る恐る触れるシャツ越しの身体に触れる。わ、ああ〜……お、男の人ぉ〜……!! 細身に見えるけれど、その胸元の私のものとは異なる硬さにしんぞうが暴れる。落ち着けるわけがない。

「いき、ます!」

 とす、と私の覚悟に反して軽い音と共にギーマさんの背中が床に着く。やった、やってやったぞ! とはいえ、まさかこの近距離でギーマさんのご尊顔なんか直視できるわけもなくて、所在無く視線をふらふら上に逃す。すると、普段悠々と揺れているギーマさんのトレードマークたるマフラーがぱさりと力なく床に広がっているのが、目に入ってくる。……なんというか、まさに押し倒されてる感を視覚的にとっても冗長させてくる。え、いかがわしくない!? 慌てて下方に目を逸らすも、今度は横になり歪んだスーツの襟と細身の体に沿うシャツの間にできた空間が、とっても目に悪い。どくどくか? だんだん目眩と頭痛がしつきた。
 ぎゅうと目を閉じる。……露出など全く無いと言うのに、どうしたらここまで“雰囲気”を出せるんだろうか。いや、私がギーマさんのことを推しすぎているだけかもしれないけれど。
 瞼を開くと、私の影が落ちるギーマさんのご尊顔、その青い目とバチリと合ってしまった。じっと静かな瞳。もしかして、慌てふためく私の顔をずっと観察されていたのだろうか。カッと頬に熱が篭るのと同時に、がちゃり、あの文字が書いてある壁の方から、解錠らしき音が聞こえた。

「アッ! ひ、開いたようですよ!!」
「そうらしい」
「あ、あの……ギーマさん……?」

 慌てて身体を離そうにも、私の腰に巻き付いた腕が、まるで離れてくれる気配がない。それどころか、まるで私の腰でピアノでも弾くようにパタパタと指先が遊んでいる。くすぐったいし、もう良い加減にキャパオーバーだ。どくどく、やけど、状態異常がふたつも付く。

「そ、そそ、そろそろ良いんじゃ……え、わっ!? ぁ、ア゛!?」

 無理に起きあがろうとすると、逆に、突如力を込められて、私は慌てて床に手をついた。その間には、そして私の眼前に、ギーマさんのご尊顔。さっきよりもずっとギーマさんを押し倒すような、むしろ覆いかぶさるような格好になってしまった。

「きみもつれないな、もう満足かな……?」

 どくどく、やけど、こんらん。助けて! 今すぐ誰か、なんでもなおしを頭からぶっかけてくれ! うまくギーマさんにかからないように!!

「折角きみが賭けに勝って得た状況だぜ? だから、もういいのかと聞いているんだが」
「ままま、まん、っぞく、です!」
「そう、残念だ」

 ギーマさんの顔が一度だけピントが合わないほど近くなる。
 パッと腰の拘束が解かれ自由になった瞬間に、私はゴムボールのように跳ね退き盛大に床に転がった。ギーマさんが愉快そうに喉で笑うのを聞きながら、私はまるくなりながら頬を自分でビンタする勢いで抑える。
 ……さっき、”ちゅっ“て鳴らなかった!? 頬に何か触れなかった!?

「お礼だよ。きみが頑張ってくれたおかげで出られるからね。ああ、もしかして……唇の方が良かったかな?」

 ついに喉からニワトリの首を思いっきり絞めたような悲鳴が出た。滅相もない、恐れ多い、とんでもない。なにやら機嫌がすこぶる良いということは分かるけれど、いったいぜんたい何を言い出しているんだろう。私はギーマさんの大ファンだし尊敬してるし崇拝してはいる。でも私は推しに色恋の感情を抱くような恥知らずな厄介ファンではないし、なんならファンにバトル以外で媚びるギーマさんは解釈違いだ。勘弁して欲しい!

「そろそろ出ようか。この原因も探らないといけないからね。……さあ、お手をどうぞ」

 私は押されるまでもなく再びそのまま床にぶっ倒れた。


裏表を聞いてからコインをはじいているので、そういうことです(250509)


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