いわゆる“海外マス”です。何もかも完全に捏造です。


 私を呼び出したボスが全く隠す気のない苛立った声をあげた。
「オマエは、」
 いつも狼のようにギラギラと鋭い目の上の眉間に皺を寄せて。
「どうしてそう、」
 街でもなかなか見かけない、自動販売機よりも大きい背丈でずんずんと近づいて来て。
「察しが悪いんでしょうネェ……?」
 いつ何時でも汚れやほつれのひとつ許さない真っ白な手袋で私の脳天をがっしりと鷲掴んで。
 私は申し訳ありませんと消え入りそうな謝罪を口にするしかできない。頭を下げようにも、むしろしっかりと見上げるように激痛と共に固定されてしまっている。当然、視界には不機嫌満面なインゴボスの顔がいっぱいに映る。素直に、非常に怖い。命の危機を感じる。
「“オマエがナニについて謝るベキ”なのか、本当に分かっているのデスカ?」
 ハッ、と短く吐き捨てるように笑われてしまうと、私はぐうと押し黙るしかない。実際、分からないのだが……下手な嘘はこの人には通用しない。そんな下手な言い逃れをすれば、より一層怒らせることになるのは火を見るより明らかだった。沈黙し、正解発表を待つ他ない。
「これで普段お客サマのお相手を満足に出来ているのか、甚だ疑問ですヨ」
「ぐ、ぅぅ……」
 耐え切れず呻き声が出てしまう。悔しさとかではない。ゴリラの持つリンゴ状態の頭に加えて、こめかみにも痛みが増したからだ。ぐりぐり、“それ”のわざわざ角が皮膚や骨までつきやぶらんばかりに押しつけられていて、非常に痛い。
 “それ”は、小さな箱だ。休憩に入る頃に呼び出され、執務室に入った私を出迎えた箱。
 早く取りに来いと言わんばかりにボスの机の上に置かれたそれの表面には、私のような一般人でも知っているような超高級ブランドのロゴがきらめいていた。オマエにです、という言葉の意味が分からず、私の退職金ですか、もしくはボスが何か罪を犯したアリバイ作りですかそれともはたまた証拠隠滅の手伝いでしょうか……などなど、怯えるまま口にしたところで、私は冒頭からのインゴボスのお怒りを受けることとなっていた。
「……ワタクシが、オマエの誕生日を祝って何がオカシイのですか」
「たん、じょう、び……?」
 オマエは記憶力もサル以下なのデスカと顔に盛大にため息を吐きかけられるけれど、流石に自分の誕生日くらいは覚えている。ただ、私の誕生日とボスがプレゼントをくれるという行為が、ノットイコールならともかくイコールで結びつかなかっただけだ。
 オカシイかと聞かれて日頃の犬に対するような手厳しい扱いを思い返せば、まあ、オカシイと思う。どこぞのサファリパークくらいでしか使えないようなそこらへんの石とか、オレンの実ひとつとか、そういうものを面倒臭そうに床に置かれてありがたく拾いなサイとか言われたら、ああこれはボスなりの誕生日のお祝いかと思い至っただろう。しかし、この地域でもお値段だけで見れば3本指に入りそうな高級ブランドの小箱なんて、貰う理由が何も思いつかない。
「ナニか言うコトは?」
「失礼な勘違い、をして、うぅ、すみません、でした……!」
「…………」
「それとっ、お祝いしていただき、ありがとうござ、います……!!」
 そろそろリンゴジュースになりそうな頭とジュースの注ぎ口が開きそうなこめかみの痛みに耐えつつもなんとか叫ぶと、ようやくお許しを得られたようでそれらから解放していただけた。
 よろしい、とインゴボスは小箱を掲げて……あろうことか手を離した。私の給料何ヶ月分かも想像できないそれを、私はもう過去一番の反射神経で慌ててキャッチする。なんて扱いをするんだと心臓を跳ねさせていると、そんな私のことなどどうでもよいとばかりに、早く開けるよう命令が下った。執務室に入ってからずっと垂れ流しっぱなしの冷や汗を溢れさせながら、震える指で箱に指をかける。
 なにせ、インゴボスからの真っ当すぎるプレゼントだ。あの鬼畜上司が私のために用意してくださったものだ。できれば私からもきちんと喜びを伝えられる物であって欲しい。これでセンスの外れた物だったら、どんな反応を見せたら良いのか分からない。無理に喜ぶのは、多分この人は嘘同様に好きじゃない。かといって、素直に好みじゃないですと言って折角のご好意を不意にし悲しませるのも嫌だ。……この人に“悲しむ”感情はあるのだろうか?
 ああ、ボーナス前の上司面談の会議室の戸を開ける時並みに胃が痛い。先ほどまでの叱責から打って変わって物静かにただじっと私を見下ろし続けるボスの刺すような視線に耐え切れず、意を決して開封した。
「…………クリップ……?」
 いや、ネクタイピンか。細かい表面加工の入った上品に光る銀色のピンに、小ぶりながらきちんと存在感のある石が嵌め込まれている。箱の内面をよく見れば、トパーズらしかった。
「オマエは、不注意にもよくネクタイが曲がっていますカラ。ほら、貸しなさい」
 ぼけっとそれを眺めていると、インボゴスはさっさと私の手元からそれを取り上げて、ちょいちょいと私の胸元を整えてしまった。こつ、こつ……革靴が床を叩く音が数度。離れた位置から棒立ちの私を眺めて、満足そうに頷いた。
「似合いますネ。これからは、毎日これをつけてきなさい。返事は?」
「は……はい!!」
 返事をするや否や、もう行って良いデスと邪魔な虫かなにかのように手を払われてしまい、私は小走りで執務室を飛び出した。デスクに戻ると、ぜえはあと緊張やら混乱やらで乱れた息に対して、贈り物が光るネクタイだけはあの人のように……ぴしりと整ったままだった。


あとがき
椿ノさんの誕生お祝い おめでとうございます!(221113)


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