※たいして描写はないがいたしている最中
※痛みを感じる描写あり
ぎちぎち、必死に食いしばる歯の間で下唇が嫌な音を立てていた。
「ふ、う゛ー、うぅ……っあッ!」
「……唇を噛むのはよろしくありません。いつも言っているでしょう」
私の開かされてしまった唇、腫れぼったくなってしまったそれを、ノボリさんが丁寧に舐める。しかし、今の私にとってむしろずきずきと痛むのは首元だった。
ノボリさんとベッドにいる間、私が堪えているのは嬌声ではなく、苦痛だ。先ほど、私の抵抗が無為になったのも、ノボリさんが思い切り鎖骨を噛んだせいだ。そこにはきっと、鬱血した歯型がくっきりと浮かんでいることだろう。もう見なくても予想がついてしまう。
「あなた様ときたら、いつまでも恥じらいが抜けませんね……いえ、その分わたくしの手で解けてゆく、様の可愛らしさが、より一層際立つので……よろしいのですが」
「んあ、あっ、しらな、いっ……!」
私のものとノボリさんのものと、べたりとついた唾液を拭うように親指が私の唇をゆるりと撫でる。労わるようなそれに反してもう一方の親指は執拗に私の胸の先をぐりぐりと押しつぶした。私の忍耐を恥じらいだなどと見当違いなことをのたまいながら、ノボリさんはすっかり悦に入っている。
「ああ、様、もっと、もっと気持ち良くなって、わたくしにその声を聞かせてくださいまし」
「くぅ、あ、あっ、づぃッうぅ、あ゛……!」
一切の容赦も無く奥をえぐられ、すっかり把握されている私の弱いところを責めたてられながら……また反対側の鎖骨にも歯が食い込んでくる。私の喉はいったいどの悲鳴を発したらいいのか分からないまま声帯を揺らした。
ノボリさんとの行為は、正直、あまり好きではない。でも間違ってもノボリさんも、ノボリさんとのこういうことも嫌いではなくて……〝億劫〟、と言うのが近いのかもしれない。
一応彼の名誉のために言っておくと、決して下手とかではない。むしろ、前戯をすればその指でその舌で私の身体の余すところなく愛撫をし、私自身でも自分が身体の形を保っているのか不安になる程どろどろに溶かしてくる。私の中に入れば私の反応をつぶさに観察して弱い所をえぐり、隙をつき、奥を捏ねて今度は私の羞恥心をぐずぐずに壊してくる。普段から「他人に尽くすのが好き」だとお客様対応の多い仕事の話を楽しそうにするところに嘘偽りはないようで、最高なのか逆に最悪なのか、それがこういった形でも存分に発揮されているのである。率直に言うと、滅茶苦茶気持ち良い。今日だって、〝嫌な予感〟がするほど私を存分に甘やかしてくれている。
しかし、とーーーーーっても、〝痛い〟のだ。ノボリさんから丹念に与えられる快楽を押し退け、私のいっそ投げ出したくてたまらないぼろぼろの理性を紙一重で繋ぎ止め続けてしまうほどに。
行為を終えた後の私の体ときたら、見られたものじゃない。赤、青、紫、虫刺されのような吸い痕から歯牙鑑定ができそうなほどくっきりした噛み痕まで……それはもう多種多様に色鮮やかだ。もはやマゾなのかサドなのか分かったものではないが、どうにもノボリさんは〝私に痕を残す〟という行為自体に興奮を覚える特殊な趣味を持っているらしい。本人の口からそう聞いたわけではないが、毎回身体中を毒々しいお花畑にもされれば、嫌でもそう得心する。なにせそのためならば縄で縛られたことも、血が出るまで噛まれたこともある。前者もちりちりと痛む痕が縄紋と共に数日残って地味に辛かったけれど、特に後者のぶつりと音を立てて彼の犬歯が皮膚を突き破った時の、あの痛みと恐怖と混乱がないまぜになった感覚は一生忘れられない。これに関しては、二度としないでと翌朝完璧に手当されていた患部をさすりながら怒ったが……ガーゼが取れた後もしばらく残った傷跡を見つめる度にうっとりと目を細めていたので、考えたくもないがまたいずれ機を見て再犯するつもりなのだろう。
優しくしてと私が懇願し彼がそれに承諾した夜でも、未練がましく胸元にはちくちくと赤を散らすし、鎖骨や肩に歯を触れさせてその我慢を荒い息として溢すから相当だ。触れるだけで噛まない分確かに優しい、とは思うけれど、それでもやはり代わりにと至る所に付けられた吸引痕は翌日にじくじくと昼の私を苛むのだ。
「は、あ、様、様ッ……!」
「ゥあ゛、あ、い、ィィい゛……ッ‼」
不意に掴まれた左手首。その薬指がノボリさんの口に消えた。私の頭の中で、がり、がりりと警報が鳴り響く。歯が直接骨に達して、噛み砕かれてしまうのではという恐怖に身がすくむ。私の口から絶えず飛び出る悲鳴は、甲高く途切れ途切れになるほどの痛みの色に塗りつぶされていく。
私の口がはくはくと動き喉から絹を裂くような音を発する度、固くなる身体が私の中に居るノボリさんをそのついでにぎゅうと締め上げる度、私を揺さぶるノボリさんの眼はぎらぎらと光を増していく。彼の口に飲み込まれた薬指は、断続的に激痛を送り込み、私を蝕む。
これは、最高にテンションが上がりきってしまったノボリさんの最悪の癖のひとつだ。ああ、〝嫌な予感〟が当たってしまった。
歯で挟む、というよりもまるですり潰すか砕こうとしているとしか思えない力で私の薬指を咥える。その奥では温かい舌が出迎え、飴細工を丹念に溶かし味わうようにぬるぬる優しく甘くまとわりついてくる。そして下半身から登ってくるのは、ぐちゃぐちゃと際限の無い快楽。揺さぶられるたびに思い出したようにちくちくと存在を主張する身体中の痕。この何一つ噛み合わずアンバランスで強烈な感覚たちが、暴力的なまでに私の脳を殴り、意識を嬲っていく。
「どうかわたくしに、はぁっ、一生、ずっと、消えない傷を、ん、わたくしに、つけさせてください、まし……!」
ぞっとするほど熱くて湿った言葉と息が、私の手のひらと甲をくすぐる。とろりと指の股を伝って溢れるのが、咥えながら話すノボリさんの唾液なのか、いよいよもって耐えられなくなった私の薬指の血なのか……明滅する視界と意識ではもう分からなかった。
私のそこに痣が沈着するのが早いか、指輪がはまるのが早いか……いや、もうどちらでもいい。ただ、ノボリさんの与える愛に等しい量の激痛と快楽の熱に浮かされ、流され、頷いてしまえば、きっと私は本当に一生指輪をつけられなくされてしまうだろうと、私の頭はそう思わされてしまっていた。私はバチバチと弾ける頭の中で、なけなしの理性を必死にかき集める。そうして言葉も発せない役立たずの喉の代わりに首を横に振りながら、肚の中に広がる感覚にまた身を悶えさせるのだった。
あとがき
(220706 修正221201)
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