誕生日ネタ


 ノボリさんは表情豊かだ。
 彼とあんまり関わりが無い人たちはみんな口を揃えて仏頂面で分かりにくいって言うけれど、私にはとてもそうは思えない。
「ごちそうさまでした!」
「いえいえ、お粗末様でございます。わたくしからのプレゼント、ご満足いただけましたか?」
「はい、とっても美味しかったです!」
 ノボリさんが私の誕生日プレゼントとして振る舞ってくれたのは、私の好物だらけの晩御飯だった。それに満足した私が食器を置くや否や、少々お待ちください、なんてそそくさと席を立つ。ああ、ほら、ソワソワとキッチンに向かっていく足取りだって、今にもスキップを始めそうなほどに軽い。腕の振り幅もいつもよりずっと大きい。
 バトルサブウェイの鉄道員さんたちの間では「ノボリボスの機嫌は仕草を見ろ」と言われているらしい。それも納得してしまうほど今の彼には浮かれ具合が表れすぎていて、つい笑いそうになってしまう。きっと、何かまだサプライズのプレゼントがあるんだろう。
 でも、ノボリさんの分かりやすさはそれだけじゃない。私は、一緒に食事を取りながら他愛ないおしゃべりにも律儀に相槌を打ってくれたり、逆にちょっとしたお話を聞かせてくれたり、色々なノボリさんの瞳を思い出す。確かに常に口角は下がり気味だけど、その頬や目元はいつも同じというわけじゃない。お仕事中は硬い時が多いのかもしれないけれど、そうじゃない時、例えば今日なんかはあんなにふんわりと緩んでいて……この人のどこが冷酷無比なバトルロボットなんだろう。彼のことをそう陰口を叩きコワイだなんてこそこそ噂する人たちに見せてやりたい。
 でも、きっとこの顔は私だけが知っているものなのかもしれないと思うと……それはそれでちょっと得意な気持ちになってしまう。いや、クダリさんや手持ちのポケモンたちも見ていると思うけれど……それでも、少なくとも私はノボリさんにとって、こうして誕生日を祝って微笑みかけてくれる特別な存在には違いないんだ。そんなことを考えてついニヤけていると、両手をわざとらしく背に隠したノボリさんがすすす……と私のそばへ戻ってきた。
「お待たせいたしました。おや、思い出し笑いですか?」
「いえ! ノボリさんにお祝いしてもらってとっても嬉しいなって」
「それほど喜んでいただけて、わたくしこそ胸がときめく思いです。しかし、わたくしのお祝いはまだ終わってはおりません!」
 ああそうだ、もう一つ。彼の声も、その感情をよく表してくれる。ノボリさんの分かりやすくウキウキと弾んだサプライズプレゼント宣言に耳を傾けていると、いよいよ彼の手のうちひとつがお目見えした。ことんと硬い音を立ててテーブルに立てられたそれは、小ぶりの花瓶だ。
「そして、こちらはあなたに」
 もう一方の手からは、小ぢんまりとしたブーケが差し出された。受け取ってみると、それは大きさも色もバラバラなお花たちが一輪ずつの、まるで統一感の無い不思議な花束だった。
 つい首を傾げてしまったけれど、ノボリさんはその反応も予想通りでございますとでも言いたげに、まるでマジックショーの種明かしをするかのように口を開いた。
「わたくし、花には詳しくありませんが……店員へお伺いし、ひとつひとつ選んで参りました」
 ノボリさんの手によってお花が花束から一輪、そしてまた一輪とゆっくりと引き抜かれてゆく。
「こちらが〝幸福〟……」
 白い花が、花瓶に挿される。
「……〝希望〟……」
 黄色の花が、花瓶に挿される。
「……〝情熱〟……〝栄光〟……」
 オレンジの花が、緑の花が、花瓶に挿される。
 青い花が、ピンクの花が、紫の花が……どんどん、花瓶に挿されていく。
「……そして、最後が〝愛〟でございます」
 ひとつひとつ、彼の言葉が大切にそっと耳に囁かれる中……最後に私の手元に残ったのは、真っ赤な薔薇と小さなジュエリーケースだった。
「改めまして、お誕生日おめでとうございます」
 ……きっとみんなは知らないんだろうな。この人が意外とロマンチストだってことも。


あとがき
旧坂さんへ捧げ物。おめでとうございます! (220823 修正221201)


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