ハロウィン

 あれは、わたくしたちが入社して最初のハロウィンのことでございましたね。
 シャンデラすら悠々と入れてしまいそうなほどに大きなオバケカボチャ。それを頭に前触れもなく現れ突如懇々と思い出を語り始めたノボリを、今や所属も役職も異なる同期入社のは半ば恐怖を感じながら眺めていた……。

 ***

「トリック・オア・トリート、でございます」
「……えーっと、クダリくん? いや、ノボリくん? ……やっぱり、クダリくん?」
「わたくしです、ノボリです。お疲れ様です」
「お疲れ様、です。びっくりした……ノボリくん、こういう行事、乗る方なんだ……」
 人の頭やヒトモシが入ってギリギリ。そんなカボチャ飾りを頭として、自分よりずっと、カボチャ以上に背丈に差のある男から声をかけられたせいかが顔を青ざめ息を飲んだのがノボリにも分かった。彼女がハロウィンの飾り付けという雑用とはいえ職務中であり、お客様も利用される駅のホームであったためにすんでのところで悲鳴を我慢したのは褒められるべきだろう。
 ヌウと現れた図体の大きなカボチャ男の首から下が自分と同じ緑の鉄道員制服ということはにも分かったが、それが誰なのかは当てることはできなかった。同期には該当する長身の男が二人いるのだが、しかしその二人は双子でそっくりと来たものだった。入社してから数ヶ月、研修に追われる彼女の中では未だ片方が敬語で片方がタメ口という程度しか認識できていなかった。陽気な笑顔を見せるカボチャの下から出てきた生真面目そうな顔の男に、は息を整えながら用向きを伺う。
「あなたおひとりでは人手が足りないでしょう……との先輩からのお達しで参りました」
「ああ、なるほど。これは心強い助っ人だ」
 ノボリがジャックオーランタンを床に置き改めて彼女を見れば、何やら両手に抱えているものが見えた。聞けば【HAPPY Hallowe'en‼︎】と書かれた幕飾りだと言う。そんな横長の飾りを普通の女性が一人で綺麗に飾ろうとすれば、それは想像するまでもなく骨が折れるだろう。ノボリが声をかける時に彼女が棒立ちだったのはこれを脚立ひとつでどう飾り付けるか、ポケモンを使っても良いものか、どうしようか……そう思案を巡らせていた、ないしは途方に暮れていたと想像がついた。
 それならば確かに上背のある自分は良き助っ人だろう。そう理解したノボリはもう一方はお任せください、と胸を叩いて見せた。その意気込みを受けたが礼を言いながら垂れ幕の一方を差し出すが、ノボリがそれを受け取ろうとした時、はたとその目を丸くした。何事かとノボリが首を傾げると、彼女は「ふふ」と笑みを溢して手招くのだった。
「ノボリくん、ちょっと屈んで」
 もうちょっと、もうちょっと……促されるままにノボリは足腰を折りたたんでいく。そうしてと同じ目線まで来たところで、彼のただでさえ三白眼の目が四白眼になった。縮んでとジェスチャーをしていた彼女の手が、ノボリの頭に伸びてきたのだ。そうしてするりと側頭部を一度だけ滑っていく。
「……カボチャの種、くっついてたよ」
 当たりだね、とはそれをノボリの手に落とした。ノボリの身開かれたままの鉛白の瞳は、その悪戯っぽい笑顔を映していた。

 ***

「そしてその馴れ初めの種が、ようやく! こんなにも! わたくしからあなたへの想いのごとく大きく実ったのがこちらとなります!」
 今やこの駅を象徴する真っ黒の制服を身に包んだノボリが、どこかその笑顔も誇らしげに見える巨大なジャックオーランタンを同じ様相で掲げている。あの頃から相変わらず表情筋は発達していないようだが、流石に年数を重ねた今、にも彼が満面の笑顔だということは理解できた。
 より大きく育てるための交配、ポケモンの育成ならともかくとまるで興味を示さないクダリへの協力要請、バケッチャやパンプジンとの縄張り争い……語るも涙といった様子のノボリに、立派な車掌服を身に包んだはからりと笑う。
「ああー、新人の頃にそんなこともあったね! まさかノボリくん、あれをずっと育ててたの?」
「ええ、わたくしの一途な想いは伝わりましたでしょうか?」
「いや十分すぎるほどだよ。というか、こんな告白ある? あの頃からノボリくんは仕事とか凄い出来る人なんだろうなって思ってたけど、まさかここまで全方向に尖ってるとまでは見抜けなかったな……」
 とりあえずその立派なジャックオーランタンは折角だから一番目立つメインのロータリーに置こう。良いですねわたくしからあなたへの愛を目一杯誇示しましょう! ……そんな提案を交わしながらシャンデラにサイコキネシスで手伝ってもらって歩き出したところで、ふふ、と思わずといったようなの笑い声がノボリの耳に届いた。
「ノボリくん、ちょっと屈んで」
 にそう手招かれるまま、ノボリは素直に頭を差し出した。サブウェイマスターの立派な制帽と襟の間に彼女の手が滑り込み、するりと側頭部に触れる。
「……カボチャの種、くっついてたよ」
 わざと? と首を傾げるを、ノボリはぎゅううと締め付けられる胸の衝動そのままにかき抱いた。


あとがき
(221101)


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